
撮影・木皿泉
ダンナが子どもの頃の話である。友人から、「そうかぁ」と心の底から感心するように言われたそうだ。「お前は、24時間障がい者なんやなぁ」と。つまり、自分が見えてないときも、この友人は不自由を強いられているのだと、ふいに気づいたのだろう。
自分と会ってないとき、相手がどんなふうに過ごしているかなんて、なかなか想像しにくいものである。テレビなんかで、タレントさんが区切られた時間の中だけで笑い転げたり、怒ったりしているのを見慣れている私たちは、普段の生活で出会う人にも、そんなふうに自分が前にしているときだけを切り取って見ているのかもしれない。見えなければ、ないのも同然なのである。
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