「先生、実はうちの家族は韓国の人をよく思っていなくて、時々差別的な発言をします。私が韓流アイドルが好きなことも否定されるので、とても苦しいです…」
学生さんからこのような相談を時々受けることがあります(私が在日韓国人なので、相談しやすいのかもしれません)。
しかし実はその度、間接的に彼らのご両親から「嫌い」と言われているような気がして複雑な心境になります。それでも気持ちを切り替えて、今までは次のように答えてきました。
「ご両親が韓国を嫌いで、あなたが韓国を好きでも、それはどちらでもかまわないんですよ。なぜなら『好き』や『嫌い』は本人の自由だから。自分の『嫌い』を押し付けたり、誰かの『好き』を否定したりしなければ、どんな気持ちを抱いていてもその人の自由なんです。だからあなたはあなたの『好き』を大切にしたらいいよ。そして日々『嫌い』を意識して過ごすより、『好き』なことに想(おも)いを馳(は)せて生きる方が楽しいから、ご両親が『嫌い』なことの話をしそうになったら、逆に好きなもののことを尋ねてみてはどうかな?」
このように答えてきたものの、「これは解決策ではないよなぁ…」という認識はありました。それは「時々差別的な発言をする」ことを聞いて、私自身がすでに傷ついているからです。属性にたいする差別は、受けた方は本当にどうすることもできません。それは言葉の銃弾です。心に「嫌い」の弾を持っていたとしても、自分の外側に発信すると、誰かの心を撃ち抜くことになります。
では冒頭のように、家族がそんな発言をし始めたらどうしたらいいのでしょうか。
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先日参加したシンポジウムにヒントがありました。そこでたまたま「実家に帰ったら父がネトウヨになっていた」という、高齢者ネトウヨに関する話題が出たのです。
週刊誌には韓国を全面否定するような見出しが並び、テレビでコメンテーターが堂々と悪口を言い、本屋には嫌韓・嫌中本が並んでいる今…自然に差別的な言葉が目や耳に入る世の中になってしまいました。
定年後に時間ができた高齢者が、メディアに煽(あお)られネットで情報検索し、フェイクニュースを信じた結果、歴史的新事実を知った気になる…。長年かけて作られた思想を変えることは難しいかもしれませんが、今のメディアに触れたことによってできた後天的な差別意識なら、その処方箋はいろいろとあります。登壇者の意見をまとめると…。
■社会学者の意見
差別的な思考が生まれる社会構造を考えることも必要。思想だけではなく、暇な時間の使い方にも問題がある。定年後の高齢者の居場所がないという問題に焦点を当てて考えてみてみると、「居場所を作る」という新たな解決策も見えてくるはず。
■歴史学者の意見
史実を地道に検証していくのも歴史学者の仕事。歴史に関するトンデモ本にたいするファクトチェックも行っている。地道に歴史を検証した本が売れないというのも問題。ベストセラーだからといっていい本だとは限らない。本を選ぶ基準を見直してみては。
■近現代史研究者の意見
新聞を購読することをやめないこと。ネットリテラシーのない高齢者にとっては、裏取りされてない情報が氾濫するネットは危険。また、家族でいろんな場所に出かけて、いろんな人と接して生の情報に触れること…などなど。
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日本と韓国の関係が悪化している今だからこそ、今回このテーマを選びました。
情報はテレビやネット、雑誌などの入れ物に入っています。この連載は、新聞という入れ物に入れて、みなさんにお届けしています。毎回ギフトボックスに入れる気持ちで書いていますが、今回は勇気のリボンをきゅっと結んで、言葉を綴(つづ)りました。
私は在日韓国人です。
【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。
2019/9/11