エッセー・評論

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イラスト・金益見
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イラスト・金益見

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イラスト・金益見

 今回のイラストのテーマは「確かにあふれていた素敵(すてき)なモノたち」です。

 温かいコーヒー、おいしいお菓子、濡れたものをすぐに乾かすことができるドライヤー、ガラス細工、リラックスできる椅子…豊かで素敵なモノたちが、見慣れることで当たり前になってしまっていたこと。それらはすべて宝物で、毎日の営みは奇跡の連続だったはずなのに…。

   * * *

 先日、台風の被害で家や倉庫の屋根が吹き飛んでしまいました。翌日、壊れたモノをひとつひとつ片付けながら、これを「テムネ」ではなく「トップネ」と考えてみようと思いつきました(「テムネ」も「トップネ」も韓国語です)。

 片付けをしているときに私の頭にあった言葉は「テムネ」でした。「テムネ」は「~だから」「~のせい」というときに使う言葉です。私はずっと「台風のせいでこんなことになった」と考えながら片付けをしていました。

 しかし、片付けを続けていくうちに心も整理されたのか、ふと「前よりきれいにしよう」や「この際断捨離してみようか」という新たな気持ちが芽生えたのです。そのときに、「トップネ」という言葉が降ってきました。

 韓国語で「トップ」とは、「徳分」と書いて「おかげ」と訳します。そこに「ネ」をつけると「おかげで」という言葉になります。

 「台風のせいで」じゃなく「台風のおかげで」と考えることで、片付けにたいする気持ちが少し変化したのです。

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 その後起こったのが、北海道の地震でした。こちらの停電が治まり、テレビをつけると地震被害を受けた北海道の様子が映し出されました。

 私はそれを見て、「テムネからトップネへ思考を変化させることで、少し楽になる」ということを書いた原稿を書き直そうかと思いました。液状化している街を見て、停電や断水が続く状況を知って、こんなことを書いてはいけないのではないかと思ったのです。

 …とても悩みました。そして、今みなさんが目にしているこの原稿が、悩んだ結果です。

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 今年の夏は、地震、暴雨、台風とさまざまな災害に見舞われました。あまりにも次々と起こったため、過去のことより今起きていることが優先的に報道されています。

 しかし、あまり報道されなくなっても、今もなお被害に苦しんでいる方々が各地にいらっしゃいます。そして、被害の大小は目に見えるものだけではありません。他の人にとってはちっぽけなモノでも、本人にとってはとても大切なモノがあります。それがある日突然壊れてしまった人、流されてしまった人…。

 屋根が吹き飛んだ私の家では、家が建ったときに記念に描いた3メートルの壁画を撤去しなければいけなくなりました。とても思い入れのある絵だったので、それが決まったときには「台風のおかげ」だとは思えませんでした。しかし、きれいになった倉庫を見たときには「トップネ」と確かに思えたのです。そして、ああこういうことかと思い直しました。

 今回のイラストは、台風の影響で停電した日、太陽光の下で描きました。画材を出せる状況ではなかったので、3色ボールペンを使いました。鉛筆も消しゴムもなく、下書きもできなくて不安だったのですが、描いていくうちに元気の種になるような発見がありました。

 線が白鳥に変わり、色がてんとう虫に、点はレースになっていく…ボールペンひとつでこんなにいろんなものを生み出せるんだと思うと、まだまだやれると思ったのです。失ったモノより今目の前にあるモノを見つめてみようという気になれました。

 一気にいろんなモノを失うと、感じる気持ちは一種類ではありません。絶望を希望に、がっかりをマシに変えていく方法は、いろいろあっていいんだと思います。なので今回、削除するのではなく、時系列に気づいたことを綴(つづ)りました。ささやかで個人的な「どうしようもないことを乗り切った方法」を皆さまに。

【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。

2018/9/12
 

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