エッセー・評論

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イラスト・金益見
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イラスト・金益見

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 大学ではもうすぐ後期が始まります。4回生の皆さんはいよいよ本格的に卒業論文に取り組む時期になりました。

 ひょっとしたら「めんどくさいなあ…」と思っている人もいるかもしれません。大学生全員が研究者を目指して大学に来ているわけではないので、なかには「論文なんて書きたくない!」と思ってる人もいるでしょう。

 しかし、どうしてもやらなければいけないことなら、嫌々やるより楽しんだ方がいいと思いませんか? どんな物事でも楽しい側面があるので、取り組む姿勢を変えるだけで、「やらなければならないこと」は「やりたいこと」に変えられます。

 卒論を書くときにまずやることは、資料集め!

 輝く文献を見つけ出して、先人の研究にうっとりするもよし、その中に記されていない穴を見つけて果敢に突っ込んでいくもよし、論文を書くための材料集めって、なかなか楽しいものですよ。

 ちなみに私が一番好きな資料収集方法は“フィールドワーク”です。現場に出て、原石のような一次資料を集めていく過程が大好きです。

 今年の夏も沖縄の離島で聞き取り調査を行い、貴重な言葉をたくさん集めてきました(この秋、それらをどんな風に磨き上げようかと今からワクワクしています)。

 フィールドワークは、まさに“宝探し”そのものです。でも、宝は時に宝の形をしていないこともあり、そこがまた面白いところなんです。

 そもそも私はフィールドワークが苦手でした。大学生の時に「ラブホテル」をテーマに卒論を書いたのですが、その時は現場に一度も行かずに、二次資料を集めてまとめました。それはそれで大切なことなのですが、それだけでは、等身大のラブホテルの姿を捉えることはできませんでした。

 大学院に進んだ私は、意を決してラブホテルにフィールドワークに行くことにしました。

 平日の午後の空いていそうな時間を狙ったにもかかわらず、そのホテルは空室待ちのカップルでごった返していました。彼らの行動を観察していると、カップルは待合室にある電話で番号を告げられ、部屋へ向かうというシステムでした。

 いよいよ私の番。恐る恐る受話器を耳にあてると、聞こえてきた言葉は部屋番号ではなく質問でした。

「本日はお待ち合わせですか?」

「い、いえ違います」

「おひとりさまですか?」

「は、はい…」

「フロントまで来ていただけますか?」

 思わぬ展開にドギマギしながらもフロントに行くと、中から出てきた店員さんにもう一度同じ質問をされました。

 その後、私はどうなったのか…?

   * * *

 次の週の院ゼミでは研究経過を発表しなくてはなりませんでした。私は「ラブホテルに現地調査に行きましたが追い返されてしまいました…」と何の収穫も得られなかったことを報告しました。

 すると、教授から「よくやった!」と、思わぬ一言をいただいたのです(それを聞いて、私も他の院生も目を丸くしました)。教授は続けました。

 「君たちは現場に行ったら答えがあると思っている。でもそこにあるのは答えだけじゃない。金さんはラブホテルに行って“問い”を見つけてきた。これから金さんがやることは“なぜ女性ひとりだと入店を断られたのか”を調べること。そうして、問いと答えを繋(つな)げていくのが研究するということなのです」

 それを聞いて、急にやる気が湧いてきたことを今でも覚えています。答えだけじゃなく、問いを探すのも研究…それなら現場で宝石だけではなく、原石を拾ってきてもいいんだ!それを磨いていくのも研究なんだ!と思えたからです。ひょっとしたら、「やる気」って最初から出るものではなく、やっていくうちに湧いてくるものなのかもしれません。

 卒論を書けるのは一生に一回だけ。ぜひ楽しんでください!

【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。

2017/9/13
 

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