「11月にはハロウィンもクリスマスも正月もバレンタインも卒業式も入学式も梅雨も夏休みも盆もないので、11月が大好きです」。漫画家の瀧波(たきなみ)ユカリさんのツイートを読んで共感したのもつかの間…11月は大変な試練がある月だということを思い出しました。
12月中旬に卒業研究(卒業論文)を完成・提出しなければいけない神戸学院大学人文学部の学生にとって、11月は大学生活最後の試練の月なのです。私のゼミ生たちも、毎回のように授業後に残っては、各々(おのおの)の論文に向き合い続けています。
そんな中、論文の新たな方向性を見いだしたゼミ生が、思わぬ壁にぶつかって、私のところに相談にきました。
「夏休み中にがんばって書いた前半部分なんですが、僕の言いたいことを書くにはこの部分は余計なんじゃないかって…」
彼は、論文を大幅に削るかどうかを悩んでいたのです。
そのとき私は、過去に先生から教えていただいたことを思い出しました。
* * *
博士論文を加筆修正した単著本を書いていたとき、私は図書館で毎日のように地方紙をめくっていました。
東京の国会図書館で、マイクロフィルムに残されている新聞を映写機に入れて1枚1枚確認する日々…。関西に戻ってきてからも、大阪市立図書館にある大阪日日新聞の原版を、手袋をして1枚1枚めくる日々でした(新聞紙は保存するための紙ではないので、ゆっくりめくらないと粉々になってしまうんです)。
昔の匂いがする新聞を1枚1枚めくっているとき、私は“研究は宝探しに似ている”と思いました。最初は面倒でも、自分の仮説の根拠になるような記事や広告を見つけた瞬間は、まさに「お宝発見!」の気分だったからです。
しかし、資料収集を終えると、“宝探し”と思っていた研究は“料理”に変わりました。
集めた素材をどう使うか、「あれも入れたい」「これも入れたい」と私は頭を悩ませました。そんなとき、恩師の水本浩典先生(神戸学院大人文学部教授)の卒業研究のためのゼミ合宿に参加したのです。先生は頭を悩ませている学生にさまざまなアドバイスをされました。
探しても探しても何も見つけられない学生に一言。
「見つけられないものがいっぱいあるんです。見つかっても一個か二個くらいです」
文献や資料がありすぎて、どう整理していいかわからない学生に一言。
「切り捨てるものをたくさん持っている者が強い」
生(なま)の資料を見る機会がある学生に一言。
「指紋をくっつける作業ができるなんてスゴイことなんですよ」
膨大な資料をひたすら整理することに疲れた学生に一言。
「ひたすら量をこなすと、ある沸点があるんです。そのとき、量が質に転化します」
* * *
論文を書くことは、楽なことではありません。宝探しは、宝が見つかったときはうれしくても、あるかどうかわからない宝を探しているときはとても不安なものです。
その後、その宝(資料)を活(い)かすも殺すも、料理の腕次第です。素材の皮をむいたり、ヘタを取ったり…また、使えない部分を切り捨てるだけではなく、より美味(おい)しくするためにあえて使わない(使えないではなく、勇気を振り絞って切り捨てる)ことも大切です。
冒頭に書いた、壁にぶつかったゼミ生は、たくさん書いたから壁の前まで来ることができたのです。「あと何文字書いたら完成」ではなく、よりよくするために思い切って削ることに悩む学生…彼の論文はとてもいいものになるだろうなあと私は思いました。
とにかく集める、集めたものを整理する、そして一番大切なことを輝かせるために、削る、磨く。論文だけではなく、小説でも音楽でも料理でも「いいもの」はそういうふうに作られているのではないでしょうか。
【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。
2018/11/14