エッセー・評論

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イラスト・金益見
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 この春、大学に入学したみなさん、おめでとうございます!

 これからみなさんは教室に行くだけでものすごいことを学べてしまいます! 毎日熟した“知の実”をたらふく食べられる日常をみなさんは手にしました。新入生だけではありません。新しい学年に進級した人、留年した人、みんな大学という奇跡のような環境で学ぶことができます。

 大学は宝箱のような場所です。その気になればなんだって学べてしまう。みなさんは先人たちが一生をかけて考え抜いたことをものすごい速さで知ることができます。

 大学を宝箱だと認識できるか、空っぽのダンボール箱にするのかは、実はみなさん次第なんです。つまり、差し出された宝を受け取るか、そもそもここに宝なんかないと決めつけて、ずっと授業中寝ているか…。

 先人が積み重ねてきた学問が、熟した“知の実”になって、目の前でたわわに揺れていても、それがどれだけみなさんの頭や心の栄養になるか、まだピンとこない学生さんもいると思います。

 なので、まず「授業をしっかり聞いているだけでこんな力がついた!」という具体的な例を紹介しますね。

   * * *

 世界中を旅しながら紀行文やルポルタージュを書いてきた沢木耕太郎さんは、学校での勉強について、ラジオでこんなお話をされていました。

 「僕は本当に家で勉強したことはないんです。でも、授業は絶対集中して聞いていた。だから勉強しなくても試験で困ることはありませんでした。後に僕はノンフィクションのライターになったのですが、なんの修業も訓練も受けずに、22歳の時にいきなり書き始めて書けたわけですよ」

 なんの訓練もしなかったのに、いきなり書けたのはなぜなのか。沢木さんは後で振り返って考えてみて、実は学校の授業で、十何年にわたって訓練してきたのだと思い至りました。

 「インタビューって、基本“聞くこと、理解すること”じゃないですか。質問しないだけで僕は授業中“集中して聞く訓練”をしてたんです。授業は大いなる修業時代だってことですね」

 沢木さんはまず、授業で「聞く耳を育てた」と話していました。聞くこと、理解することはノンフィクションライターだけではなく、全ての仕事に必要な力だと思います。

 続いて、沢木さんは度を越して熱中するという意味の「淫(いん)する」という言葉を使って、学生時代を振り返ります。

 「子どもの頃に淫した遺産で、今食っている気がする。中高大学時代にかけて、何か全く無意味に本を読んでいた時代はもうないわけで…。その時多分“淫する”って言葉にふさわしい本との向き合い方をしてたと思うのね」

 沢木さんはその時の遺産で、それ以降の何十年間を『書く』という仕事で生きてきたと話しました。「その10年足らずの青年時代の中の本に向かう熱量というのが、ものすごい高いものがあって、それに比べると今は本当に少ないと思う」

   * * *

 みなさん、大学の授業は90分です。「毎日90分、集中して人の話を聞くこと」。まずはそこから始めてみましょう。それって改めて考えてみると、とてつもない耳を育てる方法だと思います。

 慣れてきたらその内容について踏み込んで考えたり、関連する本を読んだり、興味のあることに没頭する時間をぜひつくってみてください。

 「みんなと一緒に何かをやる時間」だけではなく、「ひとりで何かができる時間」を過ごせるところも大学のいいところのひとつです。友達は別に人間じゃなくても構いません。本やボールが友達でも誰も気にしませんし、ごはんを食べる時間も自由です。

 没頭してください。吸収してください。知の宝庫である大学で、学問のおもしろさに触れてみてください。

 みなさんが何年か後に、たくさんの宝を手にしてゴージャスな心で卒業できますように!

【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。

2019/4/10
 

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