エッセー・評論

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イラスト・金益見
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 皆さんは、どんなときの自分が好きですか?

 先日、女優の蒼井優さんが「『誰を好きか』より『誰といるときの自分が好きか』が重要らしいよ」と友人に言っていたというツイートを読みました。芸人の山里亮太さんとの結婚を決意した蒼井さんは、山里さんと一緒にいるときの自分が一番好きだと思えたのかもしれません。

 “誰かを通して自分の好きな自分と出会える”ってとても素敵(すてき)だなあと思った私は、「誰といるときの自分が好きか?」ということを自問自答してみました。そこで出てきた答えは「誰かと一緒にいるときの自分はさして好きではない…(涙)」ということでした。家族と一緒にいるときは甘えすぎているし、仕事相手の前では気を張りすぎている。好きな人の前では無理をしてばかりです。

 「誰といるときの自分が好きか?」という問いに自己肯定につながる希望を一瞬見いだした私は、「結局誰の前の自分も好きではない」という自己否定につながる地雷を踏んでしまいました…。そんなとき、たまたま読み返した物語「オズの魔法使い」に思わぬヒントをもらったのです。

   *    *

 「オズの魔法使い」は、竜巻に飛ばされてオズにやってきたドロシーが、自分に自信のない仲間たちと旅をする物語です。脳みそがないカカシ、心臓がないブリキの木こり、弱虫のライオン…みんなそれぞれ自分に大切なものが欠けていることに悩んでいます。これはファンタジーの中だけではなく、現実世界にも通じる悩みではないでしょうか。

 ▽脳みそがない→知識、学歴がない

 ▽心臓がない→思いやり、優しさがない

 ▽勇気がない→臆病、周りに流されてしまう

 ビジュアル版「オズの魔法使い」を作ったイギリス人芸術家のグレアム・ロールは、この物語を次のように評価しています。

 「ここには人生をめぐる大切な考えが隠れている。僕たちが憧れるものや、自分には欠けていると思っているものが、実は往々にして、すでに僕たちの中にあるということ、けれどそれを発見するために僕たちはいったん旅に出なければならないということ、それをこの物語は教えているのだ」

 冒険では、カカシの智恵がみんなを救い、ライオンは勇敢に活躍し、ブリキの木こりの優しさでみんなが癒やされます。グレアムの言うように、彼らは冒険を通して新たな自分と出会うというより、元々あったものを取り戻す…そのために“旅”が必要だったということです。

   *    *

 さて、冒頭の質問に戻りましょう。

 「皆さんは、どんなときの自分が好きですか?」

 誰といるときの自分もさして好きではないと気づいた自身(自信)を支えてくれたのは、文章を書いているときの自分はまあまあ好きだということでした。「文章を書くこと」は旅をすることに似ています。グレアムが、自分の外にあるものとの出会いの総称として「旅」という言葉を使ったと解釈すると、自分が感じたことや考えたことを言葉にして外に出すという行為は、まさに旅です。

 自分を自分で肯定するときに、その媒介となるものは必ずしも人でなくても構いません。誰かを通して自分を好きになることが難しくても、何かを通して自分の好きな自分に出会えたら、その先に誰かがつながっているかもしれない。

 何をやっているときの自分が好きかを基準に日々の行いを選択することで、自分を取り戻していく…。ドロシーの仲間たちは、常に切実に自分に欠けているものを意識しながら、半ば無理やり旅に(自分の外に)出て、仲間のために最善を尽くした。そして、自身の望む自分に出会えたのです。

 旅に出ましょう、出会いましょう。旅の最後に出会うのは、欠けていると思っていた自分が追い求めていた、自分自身なのかもしれません。

【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。

2019/6/12
 

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