今から3年前、当時のゼミ生から「大学をやめたい」という相談を受けました。芸人を目指す彼は、「大学で勉強していることに意味を感じない」と言うのです。
「大学をやめたい」という相談を時々受けることがあります。経済的な事情や人間関係など、その理由はさまざまです。日頃は、ひとまず話を聞いて一緒に考えるスタンスをとっているのですが、そのゼミ生に関しては、すぐに引き留めました。彼にはまだまだインプットが足りないと思ったからです。
何かをアウトプットするために、まず必要なのはインプットすること。「芸人になって、バラエティー番組の司会をしたい」という彼に、人や文化のことを深く学ぶ人文学部の勉強は意味がないどころか、必ず役に立つインプットになると思いました。
彼はその後、私の研究室でネタを書き、毎週ゼミの時間の冒頭で漫才を披露するようになりました。そして、結成15年未満のコンビなら誰でも参加できる漫才のコンクール「M-1グランプリ」に毎年チャレンジし、卒業論文は「M-1グランプリの研究」というタイトルで、漫才の歴史と自身の経験、M-1王者のネタの分析を行いました。
* * *
今年のM-1グランプリの打ち上げで、千鳥(ノブ、大悟)が王者に輝いた霜降り明星(粗品、せいや)の2人に伝えた言葉が印象的でした。明日の朝から忙しくなるという話の流れで、まずノブが2人にエールを送ったのです。
ノブ「これからこんなんばっかり来るぞー! ヒルナンデス! いろんなロケ番組!グルメリポートの連打や!」
せいや「うわー怖い」
ノブ「全部勝て!」
一同(笑)
ノブ「全部ぅ! 勝てぇぇ!」
粗品「熱い熱い(笑)。わかりました」
せいや「勝ちます、ノブさん!」
粗品「うれしいなあ」
せいや「とろサーモンの久保田さんがずっと『とにかく潰(つぶ)されんな、とにかく潰されんな』って。めっちゃ怖いんですよ」
ノブ「大丈夫大丈夫」
* * *
潰されることを恐れそうになっている後輩に「勝て!」という先輩からのエール…。チャレンジを続ける2人にだからこその「勝て!」だと私は思いました。
勝ち負けというのは、本当に最後までわからないものなので、「勝て!」という言葉はプレッシャーになることもあります。しかし、結果負けたとしても、「負けるかもしれない」と思って準備をするのと、「絶対勝つ!」というところまで準備をして挑むのとでは、負けから学ぶ学びの大きさが変わります。
強い言葉で勇気づけた後、芸人としても過去のM-1挑戦者としても先輩である千鳥はこう続けました。
大悟「無理せんでいい」
せいや「変にやらないっす」
大悟「よくあるタレントにならんでいい」
ノブ「M-1チャンピオンなんで。堂々と」
* * *
さて、3年前「大学をやめたい」と言ったゼミ生はどうなったのでしょうか。彼はなんとか卒論を書き上げたものの…その評価はイマイチでした。私は彼のチャレンジを高く評価したのですが、副査の先生からはあまりいい評価をもらえませんでした。それでも彼は卒業式の日にこう言いました。
「先生! 僕、大学で一番楽しかったことは卒論を書き上げたことです」
晴れやかな顔で卒業していった彼は今、東京のお笑い事務所で日々頑張っています。「楽しい」と「楽」は同じ漢字を書きます。しかし、「本当に楽しい」という気持ちは「楽」とは対極のところにあるのかもしれません。挑戦や継続を続けた先に「一番楽しい」が待っている…。M-1では、決勝まで進んだ芸人さんたちが皆口をそろえて「楽しかった」とコメントしていたことが印象的でした。
先日、M-1を見終えた私はゼミ生にエールを送りました。「全部、勝て!」と。
【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。
2018/12/12