エッセー・評論

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イラスト・金益見
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 「みなさんは、どんな人が好きですか? もしくはどんな人が嫌いでしょう?」

 実はこの質問自体が愚問かもしれないということから、今日は始めたいと思います。

 学生時代のアルバイト先にT君という男の子がいました。感情の起伏が激しく、気分で態度が変わるT君はみんなから敬遠されていました。私はT君とシフトがかぶることが多く、彼のいいところも悪いところもよく知っていたので、横暴なT君の不満を言うこともあれば、優しいところを褒めることもありました。そんな私に、ある時バイトの先輩はこう言いました。「Tのことを愚痴ったりかばったり、意見に一貫性がないのはどうかと思うよ」

 みんながT君の悪口を言っている時の私の反応が日によって違うことに、先輩はイラついていたようでした。その時はショックで、優柔不断な自分がダメなんだと自己否定したのですが、今ならきっとこう言い返します。

 「人は多面的なので、一概に好きやら嫌いやら決めつけることはできません。日によって印象が違う、見える側面によって捉え方が変わる。だから気分屋のT君に対して一貫した思いを抱くことの方が難しいです」

   * * *

 私が教える大学の後期には、グループワークを取り入れた授業がいくつかあります。そこでは「協働力」を養ってもらうための授業計画を立てました。しかし、最初のガイダンスでグループメンバーはランダムに決めるということを話すと、学生が相談にきました。

 「他人とグループを組んで、その中に合わない人がいたら嫌なので受講を迷っている…」ということでした。

 学生には選ぶことができる自由を謳歌(おうか)してほしいので無理強いはしませんが、私は「協働」についてもう少し詳しく説明することにしました。

 学生と社会人の大きな違いのひとつに「協働時間が増える」ということがあります。社会に出てからは、さまざまな人たちと一緒に働かなければなりません。上司、同僚、部下の中には気の合う人もいれば、クラスにいたら絶対に友達にならなかったなという人もいます。それでも合う合わないに関係なく、さまざまな人たちと目標を共有し、活動する時間が圧倒的に増えます(フリーや個人事業でも、どこかでは必ず気の合わない人と関わらなければならない場が出てきます)。

 しかしそれはとても難しいということも事実です(労働条件よりも人間関係が退職の引き金になっているという話もよく耳にしますよね)。ではどうすればいいのか? 授業では、平田オリザ著「わかりあえないことから」(講談社)を参考に、オリザさんのメソッドを取り入れながら、グループワークを行います。

 オリザさんは「わかりあう、察しあう古き良き日本社会が、中途半端に崩れていきつつある」ということを指摘し、今の新しい時代には「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく能力」が求められていると述べています。

 似た意見を掲げ合い、同じ方向へ〈成長〉するための協調性はもう十分培った。これからは、意見は違えど互いに共感を深める社交性の〈成熟〉を目指すべき。そのために「わかりあえないというところからはじめよう」というのです。

   * * *

 冒頭で挙げたように、好きや嫌いは揺れ動くことが多々あります。そこに一貫性を持たせようとすると、思い込みの「好き」や「嫌い」を補充しなければなりません。そして協働する際には、相手のことを嫌いだと決めつけるとやりにくいだけだし、無理して好きにならなくてもいいんです。

 相手の全ては理解できなくても、共有できる価値を見つけて共通の目的を一緒に達成すること。「わかりあえない」ということを前提にコミュニケーションの取り方を探っていくこと。そんな力を養ってもらうためのグループワークです。

 学びの門はいつだって開いていますよ。入ってくるのはあなた次第!

【金益見(きむ・いっきょん)】神戸学院大人文学部講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。大学院在学中に刊行した「ラブホテル進化論」で橋本峰雄賞を受賞。漫画家にインタビューした「贈りもの」、「やる気とか元気がでるえんぴつポスター」など著書多数。

2018/10/10
 

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