「カーン」「カーン」「カーン」「カーン」「カーン」-。
一月十七日。まだ薄暗い学びやに甲高い鐘の音が五つ響く。阪神・淡路大震災で亡くなった五人の児童に届け、と。
公園と住宅地に囲まれた西宮市高木西町の高木小学校。全国からの義援金や卒業生の寄付などで建てられた「復興の鐘」には毎年、在校生や卒業生、地域の人が集う。
あの日、当時の荒巻勲校長(66)は、同市松並町の自宅から、自転車で学校へ急いだ。学校が近づくに連れ、倒壊した家屋が増えた。
「子どもたちの安否を調べてくれ」。学校に着くなり叫んだが、犠牲者が出るとは夢にも思わなかった。だが、その夜、五年生男児に続き、二年生女児が運び込まれ、ぼう然と教え子を理科室へ運んだ。翌日、さらに三人の犠牲を知った。
同校は住民の避難所となり、体育館や運動場は千人を超す住民やボランティアで埋まった。児童は避難者のために率先して給水車から生活用水を運んだ。荒巻さんは「子どもたちはどんな授業よりも人生の厳しさを学んだ。地域あってこその学校と実感した」と話す。
夏が近づいたころ、震災の教訓と追悼の気持ちを形に残そうという計画が持ち上がった。「犠牲になった児童、生き残った児童のために復興への決意を」。七月十七日、鐘は完成した。
鐘は、成長する若木と実をイメージした。震災を知らない在校生も、その前を通り過ぎていく。
「大切な人を失った心の傷が癒えることは、この先もきっとない。体力が続く限り、十七日はここに来たい」
荒巻さんは今年も、この場所で鐘を鳴らす。
(記事・写真 大山伸一郎)
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