渓谷に澄んだ音色が響く。南米民族楽器のたて笛「ケーナ」。住民が催したコンサートで奏でられた調べは、コスモスが満開の花畑と対岸の高台にある慰霊碑とを包み込んだ。
「やすらかに」-。そんな思いを込め、震災から二年後に自治会が建立。犠牲者の名を刻んだ石板が納められている。碑にはオレンジ色の花と陶器の人形。碑の前にある花壇の手入れを欠かさない近所の男性(75)は「十年間、花が途絶えたことはありません」と話した。
西宮市仁川百合野町。あの日、地震と同時に起きた地滑りは、一瞬にして三十四人の命をのみ込んだ。崩れた西斜面から十万立方メートルもの土砂が流出し、同町の十戸と対岸の三戸を押しつぶした。
住宅があった場所は後に雑草が生える更地になった。家族五人とその場所で亡くなった福田千和子さん。親しかった高橋光子さん(65)は、荒れる土地を放っておけず、遺族の了承を得て、近所の人たちと花を植えた。
息子が同級生で、学校行事ではよく顔を合わせた。家族ぐるみの付き合いで、ヨガ教室にも通った。大震災の三日前、一緒に写した写真を今も大切に持っている。
「きっと喜んでくれるだろう、と思って」。ピンクや白のコスモスが揺れる花畑を、高橋さんは見詰めた。思い出の詰まった土地を湿っぽくしたくないと、コンサートも始めた。今年は、雨にもかかわらず近くの住民約五十人が、傘を差しながら心に響く音色に耳を傾けた。
「地域の人がいつまでも憩える場にしたい。震災を知らない世代にも伝えていけるように」。高橋さんの願いだ。
(記事・津谷治英)
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