エッセー・評論

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田中真一教授 音声学的にも興味深い一曲「君は天然色」が収められたアルバム「ALongVacation」(1981年)
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田中真一教授

音声学的にも興味深い一曲「君は天然色」が収められたアルバム「ALongVacation」(1981年)

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田中真一教授 音声学的にも興味深い一曲「君は天然色」が収められたアルバム「ALongVacation」(1981年)

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音声学的にも興味深い一曲「君は天然色」が収められたアルバム「ALongVacation」(1981年)

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 ある曲の一節が頭の中を回り続けるといった経験はないだろうか。この数カ月、私の頭の中は「♪想(おも)い出はモノクローム…」(「君は天然色」詞・松本隆、曲・大瀧詠一)という部分が回っている。アルバム「A Long Vacation」(1981年)の冒頭を飾るこの曲に、発表からちょうど40年後、魅了された(その間、私は音声学者になり、関西人にもなった)。何に惹(ひ)かれるのか。言語学・音声学の視点から考えてみたい。

■言語音が象徴するイメージ

 詩(詞)は言葉の意味と形式との融合であり、歌はそこに旋律が加わる。この曲の歌詞の意味的な面についてはしばしば話題に上り、作詞家自身も本紙で語っている。私は形式面、特に歌詞と言語音との関係にも惹かれる。先ほどのサビの部分を見てみよう。

 「♪お~も~いで~は~-モ~ノ~クローム~-…」「♪も~お~いち~ど~-そ~ば~にき~て~-…」(想い出は モノクローム 色を点(つ)けてくれ もう一度 そばに来て はなやいで 美(うるわ)しのColor Girl)

 5音を中心とするまとまりの、頭の2音がほぼすべて、お段の連続(+引き伸ばし〈~〉)である。八つの位置のうち(「そば」の「あ」を除く)七つが「お」だ。口を大きく開き開放性を伴う「あ」ではなく、口の奥で作られる「お」によって、語感に深み・余韻が伴う(両母音の違いは例えば、鐘の音「が~ん」と「ご~ん」のニュアンスを比べるとよくわかる。ちなみに、いきものがかりはサビの大半を意図的に「あ」で始めている)。子音m「も」の多用により柔らかさが加わる。メロディーと相まって、私にはこの部分が、ロック、オペラアリア、声明が渾然(こんぜん)となったように感じる。

 通常、言葉の音と意味との結びつきは恣意(しい)的で必然性はない。ただし例外があり、それがオノマトペ、ネーミング、そして詩歌である。詩や歌の場合、創作によって言葉の音と意味とのイメージが合致したときに快感が生まれる。

 音声学では、こういった個々の言語音とイメージとの対応を音象徴と呼ぶ。例えば「あ」は「い」よりも大きなイメージと結びつきやすく、また、taketeとmalumaという新造語は、前者(t,k,b,g等)が角張った、後者(m,n,w,l等)が柔らかいイメージと結びつきやすい。同曲の冒頭「♪kutibiru tunto togarasete」(くちびるつんと尖(とが)らせて)は、前者(t,k,b,g等)のオンパレードで、初頭に「い」「う」といった開口度の「小さい」母音が連続する。小さく刺激的なイメージが言語音の面でも表され、サビとの間に母音・子音両面でコントラストが生じる。

 歌は文化や学問と同様、後世の人間にも影響を与える。記録物により、ちょうど私のように、時を超えて享受する人間がいる。言語もこれと似ている。

■日本語方言システムの消滅と変化

 世界には約7千の言語があり、今世紀末には半減するといわれている。日本語の方言もいくつかが消滅の危機にあり、その特徴が急速に失われ変化している。関西方言も例外ではなく、失われる(変化する)のは語彙(ごい)だけではない。

 関西方言は平安時代の音調を最も継承する方言であるが、この数十年の間に音調の一つの型(低高下降:あめ\(雨)。こえ\(声))が一律に消えた(五類下降消滅。斜線=ピッチ下降)。

 「式保存」と呼ばれる法則も近年失われつつあるようだ。例えば「阪急電車」と「近鉄電車」は、関西方言話者であれば「はんきゅうでんしゃ(高高高高高低低)」と「きんてつでんしゃ(低低低低高低低)」のように、異なるアクセントで発音する。東京方言ではどちらも「はんきゅうでんしゃ」「きんてつでんしゃ」(高高高高高低低)であり、型の区別はない。なぜ関西方言では違いが生じるのか? それは、語が結びつくときに「前半語の初頭ピッチ(式)を全体に引き継ぐ(保存)」という法則が、関西人の頭の中に獲得されているからである。「阪急」(はんきゅう:高低低低)と「近鉄」(きんてつ:低高低低)の各語頭ピッチが結合形全体の語頭ピッチになるわけだ(この法則は多くの言語・方言にも見られる)。

 ところが、若年話者の一部では「近鉄電車」に見られる型が消え「阪急電車」の型に統合されつつある。東京方言と類似の単純化の方向に変化しているのである。

 言語学はこのような法則・システム・秩序を解明する学問であり、あらゆる言語(現象)を研究対象とする。一つの言語が消えたり変化したりするということは、語彙のみならず、処理システムが消滅・変化することを意味する。人間の営為を記録し解明するためにも、言語の研究は重要である。それは過去を見いだし検討し、現在の知見を加え、未来につなげるという営みにほかならない。

【たなか・しんいち】1970年名古屋市生まれ。大阪外国語大学外国語学部卒、神戸大学大学院文化学研究科修了。神戸女学院大学文学部などを経て、現職。

<ブックレビュー>

◆言語はどのように変化するのか(Language Change) ジョーン・バイビー著、小川芳樹、柴崎礼士郎・監訳(開拓社)

 150を超える言語を紹介し、言語変化には方向性が見られること、変化には言語を超えた共通性が見いだせることを指摘している。言語変化を通して人間の言語の法則性と普遍性を紹介した刺激的な一冊である。

◆ちいさい言語学者の冒険-子どもに学ぶことばの秘密 広瀬友紀著(岩波書店)

 著者自身の子どもによる実例も交えながら、人間が言語を獲得していく過程を解説している。幼児が誤りを通して、自ら規則の修正を行いながら言語を獲得すること、規則には言語を超えた共通性のあることを平易に解いている。

<P.S.>言葉を操る法則探す

 言葉を自由に操っている私たちは、それをどう操るかについてあまり気づいていません。気づかずに正しく使っているというのが何とも不思議で、面白いところです。

 操る法則が言語を超えて共通するということもよくあります。言語学は、こういった必ずしも意識に上らない法則を発見し、普遍性を考察するのをおもな仕事(楽しみ)にしています。

 あらゆる時間・空間の言葉が関係するとともに、多くの学問分野も関連します。詳しくは、近刊「音声学・音韻論と言語学諸分野とのインターフェイス」(開拓社)をご覧ください。

2021/8/21
 

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