この連載の「もらった種とまいた種」というタイトルは、色んな人や場所との出会いがボクの心の栄養になっている、という思いから付けた。
1991年、沖縄・与那国島が舞台の映画「老人と海」を神戸・三宮に見に行き、同じ会場で映画の写真展を見ていると、神戸新聞の伊良子序(いらこはじめ)さんに会った。彼は、その写真を撮った写真家で映画監督の本橋成一さんに紹介してくださった。
本橋さんはボクの絵を見て、「今晩、サックス奏者の坂田明が『木馬』に来る。絶対、君の絵が気に入るから来てほしい!」と言われた。
その夜だったと思うが、仕事で少し遅れて、その頃は三宮にあったジャズ喫茶の木馬に行くと、演奏が終わった後で、大勢の人の中、本橋さんはボクを見つけて坂田さんに紹介してくれた。
「あなたは一体、どんな絵を描いてるの?」と聞かれたので、「ほっ」という題の、象が主人公の絵本をおずおず差し出すと、
「じゃ、あとで!」と絵本を手に店の奥に行かれ、ゆっくり見てくださった。
ライブが終わったばかりで、店の中はまだ、熱気がいっぱいだった。
「ヨーシ!」という掛け声とともに、坂田さんはサックスを手に再びステージに上り、「ほっ」を楽譜立てにのせ、マイクに向かって、
「ほっ(・・)のテーマ」と言うが早いか、絵本をめくりながらサックスを吹きだしたのだった。お客さんは拍手と共にステージを囲み、やんややんやの大騒ぎになった。
憧れの坂田さんが、出会ってすぐ、ボクの絵本を前に即興演奏してくれている。うれしさのあまり、ボクはステージに飛びのり、アドリブで象のダンスを踊った。木馬のボルテージは最高潮。忘れられない夜となった。
また、その何年か後、フランス映画「男と女」に出演し、作詞もしていたミュージシャンで詩人のピエール・バルー氏から、アトリエに国際電話がかかってきた。
「君の画集の中の『てがみ』という物語に感動しました。今度、仕事で日本に行くので会いたいです」とラブコールをいただき、初めてお会いしたのも木馬だった。
木馬の深川和美さん(ソプラノ歌手)がフランスにボクの画集を持って行き、バルー氏に見せてくれたことで、生まれた縁だった。
人と人、そして場所。それが出会って、ステキな人生の物語をつくってゆくのだなぁ…としみじみ思ったのでした。(涌嶋克己、イラストも)
【わくしま・かつみ】1950年神戸市長田区生まれ。画家、イラストレーター、絵本作家。86年から個展やグループ展を開催。WAKKUN(わっくん)の愛称で知られる。同区在住。
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