エッセー・評論

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イラストレーターWAKKUNこと涌嶋克己さん
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 今年2月に、30年以上居た神戸・西元町のアトリエを出ることになった。

 大正時代に建てられた、この松尾ビルには大変お世話になった。

 まだ30代だったボクに、先代の大家さんが安い家賃で貸してくださり、とてもありがたかった。

 雨の日は廊下に傘の花が咲いていて、傘の間をぬうように歩くのも楽しかった。

 まだアトリエに机が入っていない初期の頃、4階の窓から下を見ると、生活感のある路地が見えた。

 毎日夕方になると、新聞配達の人が通るのが見えるのだが、その男の人は障害があるようで、新聞をかかえ、4、5歩前にゆくと、1、2歩後ろに引き返すという変則的な歩き方で路地をゆかれるのでした。

 毎日、夕方になると窓の下のその人をさがし、姿を見つけると

 「ボクもここで、いい絵を描いてガンバルので、互いにガンバリましょう!」と、心の中で応援しながら応援されていました。

 ある夏の日、ドアを開けたまま絵を描いていて、フト筆を止め、絵をながめていたら、

 「入ってもいいでしょうか?」と声がかかった。

 ドアの方を見ると初老の管理人さんが立っておられ

 「はい!どうぞ」と答えると、彼はゆっくり歩いてきて、ボクの絵をながめながら、こう話されました。

 「実は私、昔、民芸運動をしていましてね。高砂に棟方志功さんに来ていただき、ふすま絵を描いてもらったりしていたのですが…。私が所属していた、そのグループは結局、お金持ちのステータスの一つとして民芸運動にかかわっていたみたいで、寂しくなってそこを離れたのです」

 彼は続けて

 「でも、こうやって若いあなたが、一生懸命、しかも楽しそうに絵を描かれている姿を見ていて、やっぱり芸術はいいなぁ…と心から思いました」

 そしてボクの顔をやさしく見つめながら

 「ごらんのように私は年を取っていて、あなたにとって何の力にもなれませんが、心から応援しています」

 と、言葉を残し、深く頭をさげ、アトリエを出ていかれたのでした。

 ボクは胸が熱くなり、泣きそうになったので、泣き顔を見られないように管理人さんの後ろ姿に深々とおじぎをし続けたのでした。

(涌嶋克己、イラストも)

【わくしま・かつみ】1950年神戸市長田区生まれ。画家、イラストレーター、絵本作家。86年から個展やグループ展を開催。WAKKUN(わっくん)の愛称で知られる。同区在住。

2022/1/12
 

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