取り調べの厳しさで知られた元刑事から、自白を引き出すコツを教わったことがある。連日の追及で脂汗をかく容疑者に、熱いおしぼりをすっと差し出す。「鬼」から受けた温情に、心を動かされ-。そういう趣旨だったと記憶している。
ただ、気を付けなければならないことがある。自白が真実であれば人の機微が分かる名刑事ということになるが、虚偽であったなら無実の人が罪を問われることになる。密室で長時間圧力をかけられると、容疑者が取調官に迎合するようになる心理はよく知られている。
もちろん、この元刑事が捜査を誤ることはなかった。自白内容を客観的に評価し、真実かどうかを見極めていたから。
五十数年前、袴田(はかまた)巌さんを取り調べた警察と検察は計45通の「自白調書」を提出した。しかし死刑を言い渡した一審判決でさえ44通を証拠から排除した。「強制的、威圧的な影響」があったというのが理由だ。
一審判決は、公判中に見つかった血の付いた衣類を一家4人殺害の「犯行着衣」と認定した。唯一ともいえるこの証拠は、第2次再審請求の差し戻し審で否定され、捜査機関による捏造(ねつぞう)の可能性すら指摘された。
袴田さんの再審公判に向けた29日の協議で、検察側は立証方針を明らかにしなかった。有罪の主張は完全に破綻しており、「争わない」と早期に表明すべきだ。なぜ冤罪(えんざい)を生んだのか、警察や検察の取り調べの問題点も検証して公表してほしい。
「容疑者が無罪を訴えるなら、その証拠を徹底的に探すつもりで捜査すれば間違いない」。別の刑事からそう聞いたことがある。その視点が少しでもあれば、袴田さんが半世紀も拘束されることはなかったはずだ。
