阪神・淡路大震災で被災者の心のケアに尽力した精神科医、中井久夫さんがこの世を去り、間もなく10カ月になる。兵庫県こころのケアセンター(神戸市中央区)で今月21日、偲(しの)ぶ会が開かれた。写真の中の「先生」が柔らかいまなざしを向ける中、ゆかりの人たちがその教え、人柄、震災の記憶を語り合った。2回に分けて報告する。(中島摩子)
前半は「阪神・淡路大震災、トラウマ、こころのケア」をテーマにした鼎談(ていだん)を振り返りたい。兵庫県こころのケアセンター長の加藤寛さん(精神科医)▽県加古川健康福祉事務所の藤田昌子さん(精神保健福祉士)▽甲南大名誉教授の森茂起さん(心理学者)が登壇した。
■1・17
加藤「阪神・淡路大震災の発生から3カ月ほど、中井先生はアクティブでハイだった。全国から精神科医が集まり、チームをつくり、学校避難所を巡った。先生はあふれるほどの情報の中を、泳ぎながら、いろんな発想を出していった」
「数カ月がたち、行政の視点は長期的なサポートに変わっていった。兵庫県から先生に『こころのケアセンター』をつくるから所長になってほしい、という話があった。先生は喜んで受けたわけではない。定年まであと1年ちょっとの時期で、ちゅうちょしていた」
藤田「私はその頃、県庁の地域保健課にいて、センターの予算要求をした人です。中長期のサポートは大変なのに、当時の保健所の体制ではマンパワー的にも内容的にも足らない。今までの精神科の領域では付いたことがないほどの予算が付いて、中井先生にお願いに行った」
中井さんと藤田さんは旧知の間柄。中井さんは覚悟を決め、「藤田さんがやりたいことは全面的に応援する。後の責任は持つ」と引き受けた。震災発生から5カ月後、復興基金を活用した「兵庫県精神保健協会・こころのケアセンター」が発足し、藤田さんも出向した。ただ、運営はスムーズとはいかなかった。
加藤「中井先生はセンターのことを行政でもない、ボランティアでもない、隙間を埋める仕事だと話していた。だが、兵庫県と神戸市の意見が対立し、方針がなかなか決まらない。そこで先生が提案したのが『こケセン・サミット』。月1回、幹部が集まって問題を話し合い、解決策が見つかれば即決する体制にした」
藤田「一番大変だったのは県外被災者の問題。行政は属地主義。県外に住民票を移した被災者の支援をなぜやるのかと、反対意見もあった。その時、先生はりんくうタウン(大阪府泉佐野市)の仮設住宅に行き、被災者の声を直接集めた。そして、支援すべきだと強くプッシュした」
■トラウマ
加藤「震災後、中井先生はロサンゼルス地震(1994年)の被災地に情報を集めに行った。そこで(米国の精神科医)ジュディス・ルイス・ハーマンの著書『心的外傷と回復』と出合い、翻訳に取り組んだ」
この本は、戦争や虐待などのトラウマ(心的外傷)や回復などについて記し、中井さんは〈憑(つ)かれたように翻訳していった。バスを待つ間も、通勤電車の中でさえ立ったまま翻訳している自分に気付いた〉と、後書きに記すほど没頭。96年に出版されると、日本での心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断や研究に大きな役割を果たした。
同じ後書きには〈私は戦時中、札つきのいじめられっ子で〉と中井さんの告白もある。
森「自分にはいじめられた体験があったから、本にある被害者の体験が手に取るように分かった、と。自身の体験と重ねて翻訳した。先生は60代になり、トラウマというテーマに改めて出合い直した」
2004年、現在の「兵庫県こころのケアセンター」が開設。初代センター長に就いた中井さんには強いこだわりがあったという。
加藤「最初、センターの役割は阪神・淡路大震災の情報発信とされたが、中井先生はそれじゃだめだと言った。犯罪、虐待、DV、性被害など世に潜むトラウマにちゃんと目を向けなさいと。それは20年近くたった今も私、スタッフの座右の銘になっている」
■先生の横顔
加藤「中井先生には独自の考えが幾つもあったが、その一つが東日本大震災でも使われた『はさみ状格差』という言葉」
それは、当初は一体感のある被災者の間に、財力や体力、人脈、地縁などによって回復度合いに差が生まれ、次第にはさみのように広がっていくことを意味する。失業者や高齢者、障害者らの苦境に目を向けるべき、という指摘だった。
加藤「先生ならではの言葉遣い。本人は経済学の用語だと言っていたが、見事に比喩的に使われた」
藤田「中井先生はいろんなことをひらめきはるんです。それを実現するのに大変な時もあった(笑)。ある時は首都直下地震に備え、ヨット船団をつくり、海から入ってはどうか、と。船団の旗のデザインがファクスで次々に送られてきたこともある。実現しなかったけれど…」
森「中井先生はある種、子どもっぽい面もたくさん持っていて、単にご立派な先生ではなかったのが、中井先生の味わいだと思う」
和やかに進んだ鼎談の最後、藤田さんが声を詰まらせながら話した。
藤田「中井先生が言われたことで、私の中に生きていることがたくさんある。コロナ真っ盛りの時は、まるで災害のようだった。先生の本を読み直すことが増えた」
「病のみをみるのではなく人を見る。地域、暮らしを見る。体のケアから入る。回復の過程が大切で、それに寄り添う。そのためには待つ。何よりも諦めないこと…。それらを信条に活動を続けています」
◆偲ぶ会は神戸大医学部精神神経科医局会・同門会と兵庫県こころのケアセンターが共催。オンラインも含め約380人が集った。
【なかい・ひさお】1934年奈良県生まれ。甲南中・高、京都大卒。精神科医。神戸大名誉教授、「兵庫県こころのケアセンター」初代センター長を歴任。翻訳家、文筆家としても活躍し、2022年8月、88歳で死去。
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