今年の「1・17」。精神科医で作家の加賀乙彦さんの死去が報じられた。
93歳だった加賀さんは、昨年88歳で亡くなった中井久夫さんと旧知の仲だった。
連載の最終回は28年前の2人の挿話から始めたい。
阪神・淡路大震災の発生から間もない頃、東京にいた加賀さんは中井さんに電話し、ボランティアで神戸に向かうと申し出た。
「何が必要ですか?」。加賀さんが問いかける。答えはこうだった。
「生花を持ってきてもらえませんか?」
被災地では、生花の入手が難しかった。加賀さんは「持てるだけの花を持って行く」と決心。黄色いチューリップなどとともに、中井さんがいた神戸大学医学部付属病院(神戸市中央区楠町)に現れた。
「花は心理的にあたためる工夫の一つであった」と中井さん。病院のあちこちに飾ると、加賀さんにもう一つお願いをした。「学校避難所の校長のもとを訪ねてほしい」
校長や教員は自身も被災者でありながら、慣れない避難所運営に走り回り、疲れ切っていた。加賀さんは彼らの悩み、不安に耳を傾けた。
私の研究の“成功”とは、一部が常識となり、忘れられることである。私はそうであることを願っている「最終講義」(みすず書房)
「人が気づかないことに気づくのが、中井先生の持ち味だった」と話すのは、「兵庫県こころのケアセンター」(神戸市中央区)のセンター長、加藤寛さん(64)だ。
「気づき」は周囲に波及する。28年前、全国から集ったボランティアの精神科医たちは「被災地に花を」と生花を持ち寄った。避難所に届けた医師もいた。
中井さんはまた、黄色の「くまのプーさん」をはじめ、たくさんのぬいぐるみを買い集めて配った。黄色は元気が出るからと。
黄色いミモザの花を抱えきれないほど手にし、病院にやって来たこともある。
病院の電話交換室に届けるためだった。「患者さんからの電話を一番に取ってくれるのは、電話交換室の人だから」。中井さんはそう語ったという。
取材を通じ、中井さんのさまざまな顔に触れた。優しさの一方、激しさもあった。若き日には、医局制度を批判する文章を発表し、騒ぎになったこともある。
「スイッチを押す人だった」。神戸市中央区でメンタルクリニックを開業する小林和(かず)さん(81)はそう評する。
小林さんは震災直後からクリニックに寝袋を持ち込み、24時間の電話相談を始めた。被災者の悩みを聞くという使命感の一方で、疲れは極致に達し、半年を区切りにしようと考えていたら、交流のある中井さんから電話があった。
「何をしたら続けてくれますか?」。熱のこもった言葉と支援の約束。小林さんは結局1年以上、電話相談を続けた。延べ4300の悲痛な声が寄せられた。
連載の初回で、もしも中井さんが神戸にいなかったら、「心のケア」は今のように広がっていなかったかもしれない、と書いた。
中井さんはきっと、スイッチを押したのだと思う。人を大切にすること。心を大切にすること。やわらかい笑顔で、私たちのこれからを見つめている。
=おわり=
【なかい・ひさお】1934年奈良県生まれ。甲南中・高、京都大卒。精神科医。神戸大名誉教授、「兵庫県こころのケアセンター」初代センター長。翻訳家、文筆家としても活躍し、2022年8月、88歳で死去。
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