女性は涙ながらに訴えた。
「今も耳元で『助けて、助けて』という声がするんです」
阪神・淡路大震災の発生からしばらくたった頃だった。避難所にいた女性は巡回ボランティアをしていた精神科医の紹介で、神戸大学医学部付属病院(神戸市中央区楠町)にやって来た。
この話は、当時、避難所訪問に力を入れていた神戸大の精神科医、安克昌(あんかつまさ)さん(故人)が、著書「心の傷を癒(いや)すということ」(角川書店)に書きとめている。
彼女は激震の直後、迫る炎の中を逃げ回った。周囲で「助けて!」と叫ぶ声が聞こえたが、どうすることもできなかった。
その光景が、その声が、心を離れない。余震におびえて眠れず、食事ものどを通らない。「私も死んでしまえば良かった」。自分を責め、涙を流した。
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」。彼女はのちにそう診断される。この言葉は震災以降、安さんの上司である中井久夫さんらが心のケアの必要性を強く社会に訴えたことで広まっていった。
中井さんはつづっている。
「精神障害が誰にでも起こりうるという、当たり前の事実は、一般公衆にも、精神科医にも、この震災によってはじめてはらわたにしみて認識された」
この小さな研究所は、心的外傷を忘れようとする 社会の自然的傾向に流されずに存続する「中井久夫集9 日本社会における外傷性ストレス」(みすず書房)
震災5カ月後、復興基金を活用した「兵庫県精神保健協会・こころのケアセンター」が発足する。所長に中井さんが就いた。
15の地域拠点を置き、精神科医や臨床心理士、保健師らが仮設住宅や復興住宅を回った。
センターのシンボルマークはサクランボ。中井さんが手書きでデザインした。「サクランボはいつも二つの実が付く。支え合うという意味だよ」
被災者を孤立させない。その一念だった中井さんは県外の仮設住宅にも目を向ける。大阪府南部の仮設に足を運び、住民と話した。地元・兵庫を離れて暮らす寂しさ。差し伸べる支援の手も足りなかった。
「これじゃ、いかん」。府内にスタッフを置き、「りんくうタウン」(泉佐野市、200戸)など仮設3カ所のサポートに乗り出した。
センターの活動は5年間で終了した。一方、被災地発である心のケアはその重要性とともに、ますます広く認知されていく。
2004年、「兵庫県こころのケアセンター」(神戸市中央区)開設。PTSDや心的外傷(トラウマ)の研究、診療にあたる全国初の専門機関となった。
中井さんは初代センター長として、開所記念の講演会で語っている。「(私が)センターの基礎を作る一端を荷(にな)ってきたのは地震に指名されたとしか言いようがありません」
いささかの自負と決意を込め、こう締めくくった。
「この小さな研究所は、心的外傷を忘れようとする社会の自然的傾向に流されずに存続し、社会が犠牲者を置き去りにしないようにすることが第一の使命であり、すべてはそこから始まるのだと私は思います」
【なかい・ひさお】1934年奈良県生まれ。甲南中・高、京都大卒。精神科医。神戸大名誉教授、「兵庫県こころのケアセンター」初代センター長。翻訳家、文筆家としても活躍し、2022年8月、88歳で死去。
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