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東日本大震災の被災地支援活動を振り返る神戸大生の中村莉央さん(左)と杉山紗也乃さん=神戸市灘区六甲台町
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東日本大震災の被災地支援活動を振り返る神戸大生の中村莉央さん(左)と杉山紗也乃さん=神戸市灘区六甲台町

 被災地支援活動の行方に悩み、葛藤する若者たちがいる。東日本大震災が起きた東北に通う神戸大の学生団体は、コミュニティーづくりなどの課題解決への貢献を模索してきたが、新型コロナウイルス禍が大きな壁となった。交流が制限され、被災地のニーズが分からない。「被災地同士のつながりを失いたくない」が、後を継ぐ新入生を集められていない。阪神・淡路大震災を機に始まったボランティアの系譜が、一つの岐路に差しかかっている。

■ボランティアバス、東北に延べ1786人派遣

 昨年7月、岩手県釜石市天神町の復興公営住宅。神大の「東北ボランティアバスプロジェクト(ボラバス)」学生代表の中村莉央さん(23)=4年=とメンバーの杉山紗也乃さん(22)=同=は、住民と久しぶりの再会を懐かしんだ。

 「今も飾っているよ」。住民が指さしたのは、集会所にあるハート形のモザイクアート。神戸と東北の写真を重ねた作品は、2019年の訪問時に制作したものだ。

 11年3月の発災から2カ月後に立ち上がったボラバスは、これまで75回にわたり延べ1786人を被災地に派遣。仮設住宅での足湯で被災者を癒やし、現在は岩手の復興住宅で年2回の交流に取り組む。

 中村さんは入学前からボランティアに関心があった。杉山さんは新入生のときに参加した新歓活動で上級生に誘われ、興味を持った。

 おぼろげながらたたいた被災地支援の門戸。被災者と流しそうめんを食べたり、LINE(ライン)交換をしたりする中で「あの人のためになりたい」との気持ちが芽生えた。

■コロナ禍で交流にストップ

 しかし、想定もしない事態に直面する。今に続くコロナ禍だ。感染への恐れから交流にストップがかかった。20、21年は1回ずつ現地に行ったが、なじみの住民との対面は自粛を求められ、かなわなかった。

 活動の根幹が揺らいだ。オンラインで交流を図ったこともあったが、わだかまりは消えなかった。「自分たちは本当に必要な存在なのだろうか」

 コロナ前から活動への迷いはあった。慣れ親しんだ住まいを津波で失い、新しい土地で生活再建に踏み出した被災者にもっと貢献できないか-。多世代交流が活発な地域コミュニティーづくりを模索したが、現地のコーディネーターは「まだ早い」と首を縦に振らなかった。ある人は「にぎやかしも意味がある」と話した。

 「学生、若者の立ち位置でしか支えられていない」。中村さんは歯がみする。神大の別の学生組織「持続的災害支援プロジェクトKonti(コンティ)」は、近年の台風や地震被害の爪痕が色濃い宮城県丸森町で家屋整理などを支援し、目の前の課題に向き合う。だが、ボラバスが拠点とする岩手は被災地の面影が薄れ、課題の現在地が分からなくなった。

■後輩の不在「今まで通りの活動に限界」

 活動の今後を占う上で、後輩の不在も悩ましい。メンバーは現在、4年生5人。2人が新入生のころは全学年で計14人いたが、コロナで新歓活動はままならず、新入生にボラバスをPRできなかった。コロナ前ならば新入生は被災地派遣を体験して参加の可否を判断できたが、その機会も提供できなかった。来年度に学内に残るのは中村さんを含め3人となる。

 「ボランティアを継続したいが、今まで通りの活動は限界に来ている」と中村さん。現状では、後を継ぐ人も引き込めないと感じる。活動エリアを東北に特化せずに広げる案もあるが、方向性はまだ定まらない。「神戸と東北が紡いだ縁を途切れさせたくはない。納得できる答えが出せるよう、メンバーと話し合いたい」

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