１９９７年に小学生５人が襲われ、２人が殺害された神戸連続児童殺傷事件。その全ての事件記録が、人知れず廃棄されていた。広がる驚きや怒り、失望－。その事実に、とりわけ強く反応したのは、事件を知る司法関係者だった。

　少年審判で、神戸家裁が医療少年院送致を決定した「少年Ａ」。逮捕時は１４歳だったが、今年４０歳になった。現時点まで、彼が「犯人」であることに疑いは生じていない。では、この事件記録の消失にはどんな意味があるのか。

　「あれほどの重大事件はない。（廃棄は）異常だ」。元裁判官で、兵庫県弁護士会の安原浩弁護士（７９）は語る。安原さんは、記録を廃棄した神戸家裁と同じく、少年事件を扱う松山家裁（松山市）で所長を務めた。

　裁判官にも大きな影響を与えた、と振り返る安原さん。「２５年前に家裁調査官がどのように彼の人格形成を読み解いたか、報告書で見ることもできた。検証を可能にする長期保存の運用だったはずが、一切できなくなってしまった」

　安原さんは、１１人が亡くなり、強制起訴事件に発展した明石市の歩道橋事故（２００１年）で、全国で初めて検察官役の「指定弁護士」を引き受け、約９年前の捜査記録を見直した経験がある。安原さんは「法律的にも、心理学、教育学の面からも、彼があの事件を起こした原因は何か。節目節目で議論になるのだが」と記録の価値を説いた。

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　連続児童殺傷事件で付添人団長（弁護団長）だった同弁護士会の野口善國弁護士（７６）は「この事件から少年法が刑罰化していった」と指摘する。自身は少年法改正に反対する立場だ。

　事件から４年後の２００１年、事実上初となる同法改正で「１６歳以上」だった刑罰対象年齢が「１４歳以上」に引き下げられた。今年４月には５度目の改正法施行で、１８、１９歳を「特定少年」とし、刑事裁判への道を広げるなど、少年法の厳罰化が進む。

　野口さんは同法のあり方を議論し、法改正を振り返るとき、「専門家がこの事件を研究しないわけはない」と廃棄に首をひねった。

　精神鑑定書の喪失を重く受け止めたのは、同じく少年Ａの弁護を務め、その後裁判官に転じた工藤涼二弁護士（７２）。工藤さんは「（少年Ａの）性格形成過程が大きな問題となり、精神医学会の権威とされる医師らが鑑定書を作成した。それを含め、通常の事件のように廃棄されたとは信じられない」と残念がる。

　神戸地検で事件の主任検事を務めた男性（６９）も「祖母の死をきっかけに『死』に強い関心を持つようになり犯行に及んだとした地検の見解を、家裁が覆して医療少年院送致を決めた。その根拠となる精神鑑定書を読みたかった」と話した。

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　一方、連続児童殺傷事件の被害者遺族は、廃棄された記録を見ていない。０１年施行の改正少年法で、記録の閲覧・コピーが認められたが、事件当時にさかのぼっては適用されなかった。

　次男の土師淳君＝当時（１１）＝を亡くした父の守さん（６６）は「弁護士から内容を聞いた部分はあるが、記録自体を見ていない」とする。現在の改正法でも許されていないとみられるが、少年Ａの成育歴や精神鑑定書を閲覧したかったという。「遺族は事実を知りたいわけです。子や家族が殺された理由を知るために、資料を見たいのは当たり前じゃないですか」

　土師さんは、「保管すべき資料」が廃棄された責任は追及すべきと話し、非公開が原則の少年法を踏まえて最後に言った。「記録が廃棄されたことは非常にゆゆしきことだが、見られない私にとっては一緒です」

（霍見真一郎）

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