2022年は、世界経済の動向がそれまでの超低インフレ傾向(ディスインフレ)からインフレに、急変した年であった。40年ぶりの物価高とも言われる。大きな局面転換の年であった。
わが国においても、長期にわたった物価低迷、デフレ的局面が、インフレ傾向に変わった。昨秋以降、原材料費の高騰につながる企業物価指数は、前年比8~10%の大幅な上昇を見た。消費者の生活上での物価水準である消費者物価指数は前年比で3%を上回り、一時期4%を超えた。今年に入っても、原材料高は継続し、食料品や日用品の値上がりが生活を圧迫している。
国内の物価高の背景は、ロシアのウクライナ侵攻によって増幅された原油や天然ガスなどの資源高、世界的な食料品価格の高騰、それに為替相場における円安である。
昨年の急激な円安の起点は、2月から3月の上旬である。まさにこの時期にロシアのウクライナ侵攻が始まった。昨年初めには1ドル115円程度であった円ドル相場は、3月のFRB(米連邦準備制度理事会)による大幅な利上げを契機として、その後も円安傾向を強めた。
■日本経済の脆弱性を直視せよ
FRB(米連邦準備制度理事会)の度重なる金利引き上げを背景に円安はさらに進んだ。昨年10月末には一時151円台後半と対ドルで約32年ぶりの安値となった。急激な円安・ドル高進行に危機感を募らせた政府は、9月に24年ぶりとなるドル売り・円買いの為替市場介入に踏み切った。12月には日本銀行が、10年物の長期金利の変動幅を±0・25%から±0・5%に広げるという金利のイールドカーブ規制の弾力化に動いた。
この動きは、世界市場でサプライズと受け止められた。その後、米国のインフレがピークを超えたとの観測もあって、円相場には持ち直しの動きが見られ、昨年12月には月間平均で135円になった。年明け以降は1月130円、2月133円、現在も130円前後で推移してきている。昨年当初の115円程度に比べれば、かなりの円安水準にある。
こうした円相場変動の直接の引き金は、日米の金利差の拡大にあるが、その根底には日本経済の脆弱(ぜいじゃく)性が存すると考えられる。
日本経済は、これまで資源や食料を輸入に頼りつつも、それをはるかに上回る輸出力で貿易黒字を計上してきた。しかし最近では、これまでの海外投資による利益の貢献で経常収支は黒字基調を保っているものの、貿易収支は赤字方向で推移している。昨年の貿易収支は過去最大で15・8兆円の赤字だった。
1990年前後のバブル経済までは日本企業の競争力は貿易摩擦を引き起こすほどの強さを誇り、貿易収支は構造的に大きな黒字だった。だがバブル崩壊後、日本経済は大きな構造変化に直面しながら、対応に後れをとった。
イノベーションがまさに必要とされる時に、内向きになり、コストカットを優先し、積極的にリスクをとって投資を進めていく姿勢を欠いた。このため、競争力が劣化し、経済力の低下を引き起こした。90年頃に世界第1位であった日本の競争力は、昨年には34位にまで後退している。
新型コロナウイルスの危機から世界経済が立ち直る過程で、ウクライナ危機が重なり、日本経済の構造的な脆弱性が改めて認識されることになった。エネルギーは約90%、食料は約60%を輸入に依存している。加えて90年以降、次第に競争力を失い、低成長、低賃金、低物価にさいなまれる状況に陥ってしまった。このような脆弱性が、2022年秋、日米金利差の拡大を契機として為替市場における日本売りともいえる状況を引き起こし、大幅な円安につながったと考えるべきではないか。
為替水準は国の総合的な経済力を反映するものである。それが格段に低下していることを、今や正面から受け止める必要がある。日本の産業技術力、総合的な経済力すなわち国力の劣化を直視し、対応策を講じていくことこそが、わが国にとって喫緊の課題である。
競争力を挽回するためには、リスクをとりながらイノベーションを推進していくという企業マインドの転換が不可欠である。コストカットは重要であるが、それだけにとらわれるのではなく、経済の変化の方向について想像力を働かせ、人材への投資を含めた前向きな投資を活発化することによって、生産性の向上を図ることが必須である。
そして、現下の経済のデジタル化の潮流がある。今後とも、イノベーションは、デジタル分野で推進されていくのは確実であろう。こうした情報本位制とも言うべき機会を活用し、イノベーションを推進していくには、今は絶好の機会である。わが国の総合経済力の回復に向けて、日本企業の先見性に基づく前向きな経営を期待したい。さもなければ、何らかの事態を契機として、いつ何時、急激な日本売り、円売りが起きるのではないかと心配している。
(すぎもと・かずゆき=前公正取引委員会委員長)
