針路21

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 7月3日、熱海の伊豆山地区で大規模な土石流が発生し、死者と行方不明者を合わせて二十数名という大きな被害がもたらされた。10万立方メートルに及ぶ大量の土砂が、時速40キロという猛スピードで斜面を流下し、流路周辺にあった百数十棟の家屋を飲み込んだ。土砂の襲撃は一瞬の出来事で、逃げるタイミングを失った人々が巻き込まれ命を失った。

 ところで、こうした土砂災害は、今回の熱海だけでなく、どこでも起こりうる。国土の6割から7割が山地で、その山裾や斜面に多くの人が居住するわが国では、同様のリスクを持ったところが至るところに存在する。

 最近5年間の統計を見ると、土石流や地すべりといった土砂災害が次々と発生している。2016年から20年までの5年間では、土砂災害が年平均で2千件にも上る。10年ほど前に比べると、それは増加する傾向にある。風水害の犠牲者数は、洪水による犠牲者よりも土砂による犠牲者がはるかに多い。

 正しく恐れ正しく備えるということでは、土砂災害の危険に真摯(しんし)に向き合わねばならない。

■背後に見える社会のひずみ

 3年前の西日本豪雨災害でも、4年前の九州北部豪雨災害でも、さらには7年前の広島土砂災害でも、土石流や地すべりで大きな被害が発生している。六甲山など多くの山を抱える兵庫県でも、土砂災害が何度も発生している。7年前の50万立方メートルの土砂が流出した丹波豪雨は、記憶に新しい。

 こうした土砂災害の事例を見ると、その発生の背景に共通した特徴を持っていることがわかる。

 それは、上流の山地が危険な状態に放置されていること、その下流部の危険区域に住宅が存在していること、引き金として大量の雨が長時間にわたって降り続いたこと、の三つである。雨期や台風シーズンにあっては、この三つの特徴が重なる場所は少なくない。

 これを踏まえて今後の対策を考えるときに、単に開発業者の問題として見るのではなく、社会全体のあり方の問題として見なければならない。先に述べた被災につながる特徴を、背後にある社会的要因ととらえ、それをいかに取り除くかを考えなければならない。

 第一の特徴である上流部を見ると、森林伐採や土砂投棄さらには宅地造成といった改変が土砂流出の要因になっている。森林の伐採で、地表への雨の流入を抑える保水力が失われ、地表の浸食や崩壊を引き起こす結果となっている。

 また、土砂投棄や土地造成で、不安定な盛り土が形成され、豪雨時に大量の土石を下流に供給する原因になっている。この人工的な大規模な造成地が、全国には5万カ所以上もあるといわれている。

 違法な造成や投棄は論外であるが、砂防えん堤などの対策が不十分なままで山地の改変が行われると、今回のような土砂災害が避けられない。となると、山林の保全に努めるとともに、危険な開発を防ぐ取り組みを強化しなければならない。自然としての山林と人工としての市街地との共生のあり方が、ここでは問われている。

 第二の特徴である下流部を見ると、土砂災害のリスクの極めて高いところに住宅が建設され、多くの人が居住している。土砂災害は浸水災害とは異なり、避難の時間的な余裕がない。それだけ、人命を損なう危険が高いといえる。

 ところが、多くの居住者は警戒心を持たないまま、そこでの生活を受け入れている。土砂災害についての情報が、十分に与えられていないからである。

 これを防ぐためには、土砂災害警戒区域の指定を積極的に図って、避難などの対策を強化することが求められる。さらには、ハザードマップなどによる行政と住民とのリスクコミュニケーションに心がけることが求められる。

 ただ、その素地(そじ)が育まれていないという問題がある。自然と人間との触れ合いが不足していること、幼少期からの自然を理解する教育が不足しているからである。自然そのものについての教育の強化を求めたい。

 第三の特徴の記録的豪雨についても、自然の理解力に欠ける人間のあり方が問題になっている。

 地球環境を破壊した人間の振る舞いが、地球温暖化と異常気象を招いてしまった。この地球環境の温暖化が感染症のまん延にもかかわっているだけに、私たちはその抑制に真剣に取り組む必要がある。短期的な土砂災害の予防にはすぐにつながらないかもしれないが、長期的な自然災害の抑制にはつながるはずである。地球温暖化に正しく向き合うことが求められている。

 災害は、私たちにその時代の社会のひずみを教えてくれる。土砂災害の背後にある問題点を見てくると、社会のひずみが見えてくる。自然と人間の共生をいかに図るか、自然のメカニズムについての教育をいかに図るか、地球温暖化への対応をいかに図るかといった根源的な課題に突き当たる。

 熱海の災害を、わがこととして考える意識と社会的な課題として向き合う姿勢が求められている。

 (むろさき・よしてる=兵庫県立大教授、防災計画学)

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