9月に開催予定の豊岡演劇祭の概要が発表となった。ディレクターである私が選定した正式招待演目9作品。世界的なダンスカンパニー山海塾の上演をはじめ国内外のトップクラスの演目が並ぶ。
他に演劇祭が企画した8演目。そしてフリンジと呼ばれる公募型の催しが約60。関連企画も含めると総計100前後のパフォーマンスが9月15日から25日の11日間、但馬圏域で繰り広げられる。
残念ながら昨年はコロナで中止となったが、一昨年の第1回開催は客席を半分に制限しながら延べ5千人、約5千泊の観客動員を実現した。主な宿泊地となった神鍋高原では、通常の9月の宿泊者数を10%以上押し上げた。
コロナの感染状況次第だがナイトマーケットなどにも力を入れ、但馬の物産を紹介、販売していく。日本中から集まった演劇ファンが、但馬の銘酒を酌み交わしながら、地域の人とふれあう場所になればと願っている。「演劇祭応援コイン」と銘打った地域通貨も発行し、とにかく地元にお金が落ちる演劇祭にしていきたい。観劇の半券を持参すると出石そばが割引になるなど、さまざまな特典もある。
■但馬の未来を形にする営み
世界最大の演劇祭と言われるイギリスのエディンバラフェスティバルとフランスのアヴィニヨンフェスティバルは、ともに1947年に産声を上げた。まさにこれらの演劇祭、芸術祭は平和のたまものであり、実際に芸術家同士の国際交流の社交場ともなっている。両演劇祭は3、4週間の会期で、世界中から千以上の演目が集まり、毎年、多くの観客を引き付けている。
欧州の芸術祭のもう一つの特徴は、その多くが国際的な観光地やリゾートで行われることだ。カンヌ(仏)やロカルノ(スイス)の映画祭。世界でもっとも有名な美術展であるヴェネチアヴィエンナーレ(伊)。そしてカラヤンが育てたと言われるバーデン・バーデン(独)のイースター音楽祭。
豊岡演劇祭も、これから城崎、豊岡、そして但馬が国際的なリゾートへと変貌を遂げていく、その起爆剤になればと願っている。世界の富裕層が長期滞在する保養地となるためには、昼のスポーツと夜のアートが必須だ。但馬はいま、その条件をそろえつつある。
昨年開学した芸術文化観光専門職大学の学生にとっても、今年が初めての演劇祭となる。1年生は授業の一環として全員が何らかの形で演劇祭に接点を持つ。2年生は希望する学生が各会場で実務を体験する。2020年の第1回を見学し、「演劇祭に参加したくて本学に来た」という学生もいるくらいだから期待は大きい。3、4年生となれば、企画運営の中核を担える人材も出てくるだろう。
地方の芸術祭が成功する要件の一つは、宿泊施設が整っていることだ。幸いにして豊岡市には、若い世代のスポーツ合宿を受け入れてきた神鍋高原の民宿、ペンションもあれば、城崎の高級旅館もある。最近はグランピングの施設も増えてきた。人口8万人の地方都市に、あらゆる階層の宿泊施設がそろっている。極めて有利な環境だ。9月は豊岡の宿泊業にとって集客が落ち込む「ボトム」にあたる。この時期に一定の宿泊数を確保できれば通年集客が可能になり、通年雇用も実現できる。
豊岡演劇祭は当初から「5年でアジア最大、10年で世界有数の国際演劇祭を目指す」という目標を掲げてきた。すでに本年度の計画段階で「日本最大級」は実現した。最大とは規模のことだけを言っているのではない。今回のフリンジ公募には150件近い応募があった。2回目の開催で、早くも豊岡演劇祭は若手演劇人にとって目指すべき表現の場になっている。
「アジア最大級」とは、アジアのアーティストたちが憧れる演劇祭になるということだ。夢物語ではない。豊岡市が運営する城崎国際アートセンターは世界でも珍しい滞在型創造施設(アーティストインレジデンス)として、毎年二十数カ国、100件近い申し込みを集めている。中でもアジアからの申請が年々増えているのが現状だ。
世界最大の演劇祭を持っているアヴィニヨンは人口9万人。映画祭で有名なカンヌは7万人。人口8万弱の豊岡市にできないことはない。いや実は演劇祭、芸術祭は、この規模の都市でないとダメなのだ。東京で東京映画祭を開いても、東京が映画一色になるわけではない。豊岡に、世界の演劇好きを集めて、ここを出会いの場とすることが重要なのだ。
今年からは、近隣の養父市、香美町も演劇祭に加わり広域での開催となる。温泉、そば、但馬牛、マリンスポーツ、訪れる方たちの楽しみは尽きないだろう。
私はこの20年間、世界各地の演劇祭に招かれてきた。しかし豊岡演劇祭ほど、舞台芸術以外の周辺のアクティビティに恵まれた演劇祭は見たことがない。コロナが完全に収束すれば、世界から多数の観客が訪れるようになるだろう。そして人々は但馬の多様性に驚くだろう。芸術が明日を形にする営みだとするなら、豊岡演劇祭はまさに、但馬の未来を形にしようとしている。
(ひらた・おりざ=劇作家、芸術文化観光専門職大学学長)
