二百十八戸と明石市で最大規模の大久保町東原仮設住宅。「○○さーん。こんにちはー」と、よく通る女性の声が響いた。「ケア連絡員」と書かれたオレンジの腕章。門積菊代さん(68)は、担当する三十二軒を一軒ずつ訪ねていく。
一人で暮らす七十代の男性が、窓から顔を出した。「夜、酒をガブガブ飲まなやってられへん。医者代、払うんやったら酒飲んで死んだほうがええわ」。「また、そんなことゆうて」。物言いに慣れている門積さんは軽くかわす。「体悪うなったら張り紙するから。それ以外は大丈夫やからな」。別れ際に男性は気遣いをのぞかせた。
仮設などで暮らす高齢者や障害者を支える同市の取り組みは、ケアネットシステムと名付けられている。
ケア連絡員は、市社会福祉協議会の登録ヘルパー十五人。担当家庭を二週間に一度訪ねる、いわば情報の運び屋さんだ。入居者の状況をつかみ、市内を八ブロックに分けた「担当機関」に連絡する。
担当機関は、市高年福祉課や社協、社会福祉施設などが分担。新たな措置が必要と判断すれば、ホームヘルパーを派遣したり、医師会に往診を依頼する。
昨年十一月、一人で暮らす八十代の女性宅を担当していたケア連絡員が、「掃除や洗濯、買い物がつらくなっている」と情報を上げた。女性は震災で腰痛を悪化させた上、体調を崩していた。担当機関は、定期的なヘルパー派遣を決めた。
ケア連絡員の訪問先は今、入居者の約四分の一に当たる三百九十一人である。
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「明石方式」ともいえるケアネットシステムについて、同市の岡本弘志・地域保健福祉推進室長は「仮設から上がってくる保健・医療・福祉ニーズを提供する体制は整っていた。問題は、ニーズの把握と継続的なフォローだった」と話す。
同市では九一年から市や社協のほか、医師会、歯科医師会、薬剤師会、保健所などが定期的に会合、個々のケースについて、在宅福祉、施設入所などを検討してきた。ケアネットはこの連携がベースになった。
家庭訪問は通常、民生委員が担うが、二週間に一度の頻度でくまなく回るのは、物理的に困難と判断。ケア連絡員制度を発足させ、迅速な対応のため、ブロック別の担当制度を取った。
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安否確認や健康状況の変化、福祉ニーズの把握など、緊急の課題が生み出した新たな取り組み。
加古川市の東加古川仮設住宅(約八百世帯)は、自治会とボランティアが協力し、見守りが必要な高齢者らを支えている。
「九十四歳女性、二人暮らし、高血圧」「八十歳男性、七十四歳の妻と同居、心臓悪」…。今年二月に再調査をしたリストには、ケアが必要な六十一人が記載されている。
明石市の岡本室長は「震災で高齢者の生活の全体像が浮かび上がり、今後の在宅福祉に何が必要かの輪郭がはっきりしてきた」と話す。
同市は中学校区に一カ所ずつ在宅介護支援センターを設置、市内全体の高齢者らを支える計画を進める。仮設で活動するケア連絡員の役割を、民生委員やボランティアらが担い、ニーズの把握、フォローができないかと検討している。
被災地での取り組みを、迫り来る「超高齢社会」の処方せんに、という一つの模索である。
1996/5/20