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(6)かかりつけ医と地域社会 信頼生かし橋渡し役を
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 「更地の上に小さなプレハブ建ててん。まるで『大草原の小さな家』みたいやで」「こないして体動かすん、久しぶりやわ」

 神戸市東灘区にある「田中医院」の診察室は月に一度、高齢者らの社交場に変わる。この十六日にも地域の二十四人が顔をそろえた。田中良樹医師(45)が高血圧など食事療法の話をし、ボランティアの指導でリフレッシュ体操、牛乳パックの小物入れ作りを楽しんだ。

 同区の「ふれあいサロン」は今年一月にスタートしている。区内七カ所の医院・診療所を会場に、毎月決まった日に開かれる。ボランティア「東灘・地域助け合いネットワーク」のメンバーが内容を考え、民生委員らが高齢者を誘う。医師の役割は、会場提供と健康講座である。

 もちろん、患者に福祉のケアが必要だと判断すれば、地区の民生委員やボランティアにつなぐ。逆に担当医が診療が必要と要請を受け、かかりつけ医を紹介することもある。

 発案者の一人で、同区医師会副会長の川島龍一さん(52)は「高齢者の健康を守るうえで、医師ができることは限られている。福祉の関係者らともっと関係を深めなければ」と狙いを話す。

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 同区では震災前から医師や民生委員、ボランティア、保健婦らが集まり、「地域ケアネットワーク会議」を開催。高齢者ケアのケーススタディーや施設見学を重ねていた。

 だが、十九万人の区で月に一回の会合である。出席する医師も医師会役員に偏りがちだった。「机上の話し合いだけではだめだと震災でわかった」と川島さん。

 震災当時、多くの開業医は、運び込まれた患者の救急医療に当たった。だが、断水が続き、水は不足する。その水をどう調達するのか、どこに協力を求めればいいのか。川島さんにも思いつかず、日常的な現場での交流の必要性を痛感したという。その思いは、医師を求めていたボランティアもまた同じだった。

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 兵庫県が全仮設住宅を対象にした調査では、医療機関を利用している世帯のうち、被災前に住んでいた地域の病院、診療所に通う世帯が五九%にのぼる。現在の住所地に近いところの利用は三三%にすぎず、通い慣れたかかりつけ医への信頼の高さを裏づける。

 かかりつけ医が、福祉、保健スタッフと連携できるシステムが地域にあれば、という思いはだれにも共通している。

 震災復興計画で、兵庫県は「地域安心拠点構想」を盛り込んだ。中学校区単位で、デイサービスセンター、訪問看護ステーションなどが一体となった拠点を整備、かかりつけ医の協力を得ながらソフト面を充実する。

 それに先行した形での神戸市東灘区の「ふれあいサロン」の開催。連載の二回目で紹介した明石の「仮設住宅ケアネットシステム」の取り組み。県医師会副会長の加古康明さん(69)は「行政や医師会による連携は少しずつ動き始めた」としながらも「『一番相談したい相手は医者だが、一番相談しにくい相手も医者』という話がある。患者のケアを自分ひとりで抱え込もうという医師もいる」と打ち明ける。

 加古さんは、専門医養成に偏重する医学教育の是正、医師会ぐるみでの福祉分野の研修の必要性を説きながら付け加えた。

 「医師は医学のプロである前に地域社会の一員。震災を教訓に、あらためて認識しなければ」

1996/5/25
 

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