ビジネスマン必読! 指揮者の組織論
(11)指揮者は演奏者に何を指示するのか
オーケストラの指揮者用の楽譜(スコア)には、一番上の木管楽器から一番下は弦楽器のコントラバスまで、それぞれの楽器が演奏する楽譜が十数段に並べられています。現代音楽や吹奏楽の作品だと、これが30段近くにもなる場合があり、とても複雑な模様に見えたりします。だからでしょうか、指揮者はいったいスコアをどのように見て指揮しているのだろうか、書かれているすべての音符を瞬時に見ながら指揮しているのだろうか、などといった質問をよく受けます。実際には、スコアの音符を読む作業は準備段階で終わっていますから、実際にオーケストラに向かって指揮をするときには、スコアの膨大な情報のうち何を示すのかが重要な問題になります。スコアから優先度の高い情報を選択して、それをわかりやすいように演奏者に示す作業です。スコアを「読む」とは、どの楽器が何の音を出しているのかを把握し、どうしてその音がその楽器に割り振られているのかを理解する作業です。
このように、指揮者はスコアに書いてあることをすべて演奏者に指示するわけではありません。各楽器の入りのタイミングから音の高さまでのすべてを指揮しようと思っていけないのです。そんなことをすれば、たちまち指揮が煩雑で見にくくなってしまって、かえって何が伝えたいのかわかりにくくなってしまいます。その結果、演奏者は指揮を見なくなります。これは危機的な状況です。演奏者はすでに、十分な音楽的訓練を積んでいて、彼らもまた専門家なのです。ですから、「伝えなければ」と思って額に汗しながら一生懸命指揮しなくても大丈夫なのですが、これはむしろ指揮者自身の満足度との戦いともいえるでしょう。実は、演奏者が求める指示は、指揮者が求める音楽の全体像を示すことと、アンサンブル上困難な部分の交通整理だけなのです。すべてを指示しないと心配だという思いを抱くのは、演奏者を信用していないことを反映しています。演奏者を信頼して、最低限の動きで、明確な音楽性を示すことができる人こそが名指揮者なのです。
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