ひょうご経済プラスTOP 連載一覧 コラム けいざいeyes ビジネスマン必読! 指揮者の組織論 (10)「どうして?」と「どのようにすれば?」

ビジネスマン必読! 指揮者の組織論

(10)「どうして?」と「どのようにすれば?」

2018.10.31
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 指揮者がオーケストラにある指示を出したとき、まず「どうしてそういうふうに演奏させようとしているのだろう」と考える演奏者と、指示を受けたらすぐに「どのようにすれば指揮者の要求を達成することができるのだろう」と考える演奏者がいます。いちいち「どうして?」と考える演奏者は、いわばちょっと面倒くさい理屈っぽい人です。納得できなければ指揮者の指示に従おうとしないからです。「指揮者がそうしてくれと言っているのだから、ごたごた言わずにそうしてくれよ」と思わず言ってしまいそうになるかもしれません。一方「どのようにすれば?」と考える演奏者は、指揮者の要求にすぐに応えようと頑張ってくれるわけですから、指揮者にとってはありがたい存在でしょう。1回の練習で演奏会本番、というような環境だと、「どのようにすれば?」でオーケストラがまとまってくれないと間に合いません。しかし、練習時間が一定期間取れるとなると、指揮者はより音楽的な中身を濃くしていくために、綿密に仕上げていきます。そんな時には「どうして?」という演奏者と対話や議論をしながら、楽曲に対する理解を深めていくことが必要です。わたしは、本来、音楽はそうあるべきだと思っていますが、商業的になかなかそういかないことも事実です。

 さて、同じオーケストラに「どうして?」と指揮者の指示の意味が気になる演奏者と、「どのようにすれば?」と現実的な方法論を考える演奏者が混在していると、指揮者の指示をオーケストラ全体に徹底させることが難しくなります。生きた音楽を作るのは、もちろん「どうして?」の演奏者です。「どのようにすれば?」と方法論を考えて従おうとしてくれるのはありがたいのですが、音楽的には指揮者に寄りかかることになり、新しい何かを生み出す可能性は低くなります。一方「どうして?」と指揮者の意図を自分の身に引き寄せて考え、共感できれば方法論を考える、共感できなければ指揮者に意見する、という姿勢の演奏者と音楽を作ることは、指揮者にとってたいへん楽しく、まさに創造的な作業です。「どうして?」と考え、理解すると、そのあとに「どのようにすれば?」がくるので、それだけ時間がかかることになります。先に「面倒くさい」などと書いてしまいましたが、現代は、かつてのカリスマ指揮者の時代のように、演奏者が指揮者に盲目的に従う時代ではありません。共に音楽について真剣に考え、理解する努力をする姿勢こそ、聴衆にとって重要です。

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