神戸市の借上住宅では最も早い、2016年1月から返還が始まるJR兵庫駅南のキャナルタウンウエスト。5号棟に一人で暮らす鈴木春江さん(80)=仮名=は1枚の通知を見せた。
抽選結果 落選
昨年12月、神戸市から届いた。借上住宅の入居者を対象にした3回目の住み替えあっせん結果である。募集198戸に応募は348世帯、当選は108世帯。倍率は3・2倍。
「本当は引っ越したくない。でも、強制退去が怖くて応募した。なのに落選。毎日、不安です」
鈴木さんは県庁近くの文化住宅が全壊。20年後の退去を知らされないまま、震災の翌年に入居した。
4年前の秋、神戸市が同住宅で開いた「住み替え説明会」に恐る恐る参加した。入居許可書に借上期間の記載はなく、理不尽だとは思ったが、「神戸市に対抗なんてできるわけがない」と思ったからだ。
昨年6月、2回目のあっせんで東灘区の市営住宅に当選した。だが、転居しようにも持病の足がしびれ、準備すらできない。支援団体のチラシがポストに入っていたのを思い出し、「引っ越しを手伝って」と助けを求めた。
相談に乗ってもらい、やっと冷静になれた。無理はよくない。次の応募に懸けようと、転居を見送った。
そして、3回目の募集。神戸市から届いた分厚い書類に目を凝らした。
かかりつけの病院やスーパーに通えるか。友人は近くにいるか。日当たりは。青いサインペンで印を付け、足を引きずりながら何度も下見をした。
最も苦労したのは保証人探しだ。
信頼していた姉夫婦に断られ、体重が8キロ減った。困った末、仮設住宅で仲良くなった老夫婦に頼んだ。
主人はがんを患っていたが、「僕が生きているうちに当選してや」と引き受けてくれた。
お互い、力なく笑った。
昨春。同じ棟に住む老夫婦の転居が決まった。坂道の多い神戸市兵庫区の北部だ。引っ越しの朝、玄関先で認知症が進む妻が泣いていた。
「お父さん、行きたくない」。夫が諭した。「ここは自分の家やない。仕方ないんや」
やりとりを聞いた鈴木さんは歯がみした。「むごい。80歳になって、こんな目に遭うなんて」
4回目の応募をどうするか。鈴木さんは迷っている。
(木村信行)
2014/1/22