洋子に聞いた。
地震のこと覚えてる?
「うん。ピアノがどーんと落ちてきた。こわかったー」。
人生、変わったと思う?
「んー。変わったかなー」。
作業所は楽しい?
「うん、楽しー」
二〇〇二年春。定時制高校を卒業した城戸洋子(24)は、神戸市北区の作業所「かがやき神戸」に入所した。知的、精神など、多様な障害を抱える仲間約九十人が通う。洋子は年ごとに感情表現が豊かになり、自分の意志も伝えられるようになってきた。
最近、お気に入りの仕事がある。みんなが「ボーナス」と呼ぶ、カタログ販売会社から委託された仕分け作業だ。
大広間で職員が注文リストを読み上げる。「熊本ラーメンが三つ。トトロのTシャツが一枚」。待ち構えた洋子たちが五十種類以上の商品の中から探し出し、順番に段ボール箱に詰めていく。「えーっと、どこだっけ」。迷うこともある。売り上げが、みんなの夏のボーナスになる。
-何を買うの?
しばらく考えて、照れながら洋子は答えた。
「んー。分からん」
自発性がなくなり、物事をやり遂げる能力が低下するのが高次脳機能障害の特徴だ。原因は交通事故などによる脳の損傷。救命救急医療の進歩で患者数は急増しているが、既存の障害の定義から外れるため、支援の谷間にあるのが実情だ。
国は今年五月、患者数を全国で三十万人と初めて推計したばかりで、具体的な支援策は進んでいない。兵庫県内の実態もつかめていない。
毎日、洋子は笑顔で作業所に通う。だが、見送る母の美智子(51)は複雑な気持ちになる。
◆
美智子は地震から一年後、心理判定員に言われた言葉が忘れられない。「前の洋ちゃんではなく、新しい洋ちゃんになるよう努力して」
分かるが、今も納得できない。なぜだろう。自分に問いかける。
将来はデパートに勤めたい。気になる男の子が現れた…。希望に満ちた表情が、今も頭から離れない。「前の洋ちゃんは死んだというの。そんなに簡単に言わないで」
会場の大きな模造紙に、小さな紙がたくさん張り出された。「耐震住宅の推進」「地域支援に助成金を」…。数ある課題の中に、美智子の意見が加えられた。「震災で障害者になった人に支援を」
七月、兵庫県主催の「復興十年総括検証ワークショップ」に参加した。「震災で障害者になった人は数さえ分からない。支援の光も当たらなかった」。その悔しさを伝えるために。
県内から集まった市民が課題を出し合い、大学教授が整理していく。すごいスピードだった。あっという間に復興した道路やビルを連想させた。
洋子はまだ、ときに立ち止まりながら、精いっぱいの今日を生きている。(敬称略)
2004/8/3