真新しい29階建ての超高層マンション。最上階に近い部屋で、商店主森下正義さん(68)=仮名=の兄正一さん(75)=同=は、日中の大半をぼんやりと外を眺めて過ごす。眼下に、整然と区画された街並みが広がる。再開発ビルが林立し、生まれ育った下町は消えた。
震災復興再開発が進むJR新長田駅南地区(神戸市長田区)=写真。
「兄は知的障害で。今は、できるだけ外出させへん」。森下さんが漏らした。
きっかけは3年前の夏だった。正一さんが警察に保護された。「公園に立ち、変な目つきで子どもを見ている人がいる」との通報が住民からあったという。「うそやろ」。電話の受話器を持つ手が震えた。
「兄は子どもが好きで見てるだけ。震災前やったら、子どもらも一緒に遊び、迷子にならないように心配してくれたんやで」
兄を連れて店に来た警察官に説明したが、通じない。「怖がる人もいるので、見張っといてください」と注意され、寒々しい気持ちになった。「昔は人情のある街やったのに…」
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同地区はかつて、600を超える商店が軒を連ね、木造住宅と町工場が混在する街だった。震災で焼け野原となり、復興再開発で28棟のビルが完成している。マンションは2000戸分が供給された。
神戸市によると、震災前にいた約1600世帯の半数弱は地区外に転居。一方、人口は震災前から約200人増えた。住民の入れ替わりが激しい。これは復興再開発が実施された兵庫県内の6地区で共通してみられる現象という。
森下さんは震災で、兄や家族と暮らしていた店舗兼住宅を失った。10年待って完成した再開発ビルのテナントに店を構え、上階のマンションに入居した。4LDKの部屋に、芝生付きの共用ゾーン。住まいに不満はない。
マンションの住み心地について、再開発ビルを管理運営する新長田まちづくり会社も「耐震性に優れ交通の便もいいと人気。いずれも完売した」と強調。「最近は子育て世代も増えてきた」と自信をみせる。
しかし、「向こう三軒両隣」という濃密な人間関係は失われた。
「わしらには、住民の顔が見えないことが怖い」と森下さん。表札を掛けず、地域の行事に参加しない人が増えた。「サラリーマン家庭が多くて仕方ないやろうけど、寂しいもんや」
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それでも期待がないわけではない。
7年前、加古川市から再開発マンションに転居してきた三浦邦光さん(73)。2年前から地域の防犯グループ会長を務め、月1回の清掃活動や年末の街頭パトロールなどに取り組む。「街を安心で美しくしようと思えば住民は一丸になれる。そうでないと地域の活気はなくなる」と呼び掛ける。
三浦さんのような住民は、まだ少数派だが、そうした住民に触れ、森下さんも「受け入れる住民も変わらなければ」と、積極的なあいさつを心がけるようになった。そして「再び、兄が子どもたちと遊べる街に」と願う。それが「本当の復興」と考えている。(記事・安藤文暁、写真・内田世紀)
2009/12/24