また、朝がきた。神戸市垂水区の災害復興住宅「ベルデ名谷」=写真。1999年に入居が始まり、7棟の建物に921世帯が生活する。独り暮らしの藤田はる子さん(86)=仮名=はまず、起床時間とその日の献立予定をノートに書く。「ペンを握れるうちは(体は)大丈夫」と確認する。
生後間もなく関東大震災に遭遇したという。結婚して阪神大水害、神戸大空襲にも遭った。その都度、家を失ったが「年を取ってからの震災が一番つらい」。同市長田区の自宅は倒壊し、避難先の名古屋では夫=当時(82)=を病で亡くした。ベルデ名谷に来て5年後、同居の一人息子=当時(59)=も病死。「何もかも失った」とショックで、どれくらい閉じこもったか、記憶は定かでない。
気力をくれたのは、同じ棟の独居女性(78)だった。
◆
廊下でのあいさつから話が弾み、集会所で住民らが月1回開く朝食会に誘われた。多くが被災者で高齢者。同じ境遇の仲間が温かく迎えてくれた。サンドイッチや茶菓子をつまみながらの会話に心が和んだ。
集会所を中心に、同様の食事会、カラオケ会などがこの10年間で、盛んに催されるようになり「横のつながり」は広がった。
その会の席で、丘の上にあるベルデ名谷の立地が話題に上った。「隔離施設のようだ」。住民たちは笑うが、ことは深刻だ。
近隣の住宅街とは、幹線道路や雑木林で分断されており、立ち寄る人は、ほとんどないという。同市の長田、兵庫区など、元の居住地への病院通いを生きがいにしていた住民は多かったが、神戸市の敬老パス(市バスなどの敬老優待乗車制度)は昨年廃止され、かかりつけを近くの病院に変える人が増えた。
被災者向けの家賃軽減も10年で期限切れ。生活保護の受給世帯が26%を占め、住民の多くが「出るに出られない」という。
藤田さんも2週間に一度、近くの病院に行き、買い物して帰る。自宅までの長く急な坂を、曲がった腰で上るたび「いつまでできるやろか」と不安になる。
◆
65歳以上の人の占める割合を示す高齢化率は40%。自治会活動は停滞している。盆踊りは今夏、中止された。高齢者ばかりで、やぐらが組めないからという。
神戸市は、若年子育て世帯の募集を増やすなどしているが、所得が少ない人が入居する公営住宅だから若年層は昼間、仕事に忙しく、親しくなる機会は少ない。震災後に供給された約4万戸の復興住宅も、同様の傾向にあるという。
それでも「多くの人に支えられて、一日一日を過ごさせてもらっている」と藤田さん。会員の高齢化が進む中で、異変がないか見守り活動を続けてくれている自治会に感謝し、自らも、同じ棟に独り暮らしする高齢者に声を掛ける。閉じこもった住民には手紙を出すこともある。
「友だちもできた。ここは、ついのすみかです」と藤田さんは話す。
数日前から、年賀状を書き始めた。手描きの絵馬を添え、今年も精いっぱい生きましょう-との思いを込めて。(記事・安藤文暁、写真・笠原次郎)
2009/12/19