「トイレ行ってくる」「水飲んできてええやろ」。授業中に突然、生徒が教室を出ていく。
2005年度に教育復興担当教員から改称した「心のケア担当教員」が勤務する4校のうちの一つ、神戸市立葺合中学校で時折、見られる光景だ。「でも校外には出ない。トイレの個室や廊下にうずくまっている。まるで、見つけてもらうのを待っているみたいに」。同校のケア担当教員は、そう言って表情を曇らせた。
一部に、阪神・淡路大震災の影響を受けた生徒がいる。その行動を「仕方ない」と大目に見てしまうことがあった。だが、それは本人のためになっているのか。ほかの生徒が同じことをすれば、しかっているのに-。
遅刻や無断欠席。人の話を聞かず、感情をコントロールできない。同市立太田中学校の心のケア担当教員も日々、生徒の不安定な心に直面してきた。
「今の生徒の大半は震災を体験していません。でも、当時の在校生の8割以上が自宅に被害を受けた。親の失業や二重ローン、転居など、震災に端を発するしんどさの中で育った子は少なくない」。その後の不況もあり、生徒のほぼ半数が生活保護や就学援助を受けている。
ケア担当の教員は毎朝校門に立ち、生徒に声を掛ける。気がかりな子がいれば休み時間に足を運ぶ。地道な努力を重ねながら、だが「目の前の問題と震災とは、もうつながっていないんじゃないか」と感じることもある。そんな思いは、ほかの学校の教員も抱えているという。
ただ、震災と生徒が抱える問題の関係はともかく、「どの子にも確かな学力を」という願いはケア担当教員に共通する。
同市立渚(なぎさ)中学校では、一昨年に「学習の手引き」を作り、全員に配った。ノートの取り方や試験勉強の方法など、基礎から一つずつ丁寧に教えてきた。高校受験を前に、今年11月からは英語や数学の補習も始めた。心のケア担当教員らが、生徒たちと机を囲む。
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葺合中学のケア担当教員は最近、ある男子生徒から「結婚したら男の子がほしい」という話を聞いた。夢を話してくれたことがうれしかった。欠席が目立った別の生徒は、3年生になってからほぼ皆勤になった。
「待つことが大事。最近、本当にそうなんだと思うようになりました」。授業を飛び出しても頭ごなしにしからず、まずは理由を聞く。教員たちは迷いながら、生徒とかかわる術(すべ)を探り当ててきた。しかし生徒の問題は年々、多様化していく。
「発達障害の子どももおり、震災に限らないきめ細かな対応がますます求められている」と、あるケア担当教員。現場の悩みは広がり、深まっている。
(黒川裕生、坂口紘美)
2009/12/2