サッカー少年だった難波圭一郎君は、生きていれば今年、二十歳になる。
伊丹市のマンション一階に住んでいた。震災当時、小学四年。倒れた本棚の下敷きになった。寝ていた横に、二段重ねの本棚があった。同じ部屋で、すぐそばに寝ていた三歳年下の弟は無事だった。
父慎二さん(48)と母早苗さん(46)が本棚を持ち上げたとき、圭一郎君の呼吸は荒く、呼びかけにも反応はなかった。病院に運ばれたが、約二時間後に死亡。医師は「脳挫傷」と説明した。
「1歳/テレビの下敷き」「65歳/整理だんすが胸部に倒れる」…。私たちが被災市町から集めた資料には、家屋倒壊が比較的少なかった地域で、家具による死者の記録がいくつもある。
神戸大学工学部の大西一嘉助教授(防災マネジメント)は震災後、神戸市東灘区での調査などから、家具が主要因で亡くなった人は約一割と推計した。正確な数字ではないが、「家具による死者がいる。その危険性を伝えたかった」と話す。
屋内被害を調査した大阪市立大学の北浦かほる名誉教授(居住空間デザイン学)によると、「超高層の集合住宅では、高い階ほど転倒被害が大きかった」。長周期の大きな揺れが予想される東南海・南海地震は、超高層ビルの被害がさらに深刻といわれる。
「家具や冷蔵庫を固定している」。内閣府が一昨年に行った全国調査で、そう答えたのは14・8%だけだった。
業界に統一基準はない。「傷をつけたくないという人もおり、難しい」と全国家具工業連合会。一部家電も、説明書に注意書きはあるが、固定は消費者次第だ。
内閣府は三月、住宅内での被害を軽減する指針案をまとめた。応急策として、家具の転倒防止策を自治体や業界にも求めることを盛り込んだ。「地震が切迫する地域がある」。耐震改修が進まず、焦りが募る。正式な指針は六月に公表される予定だ。
東海地震の防災対策強化地域に指定されている静岡県袋井市は、昨年度から地元の大工と連携、材料費と施工費を含め、家具固定費の六分の五を負担する制度を始めた。利用は約四百二十件に上った。静岡、愛知などでは高齢・障害者世帯に限ってこうした補助をする自治体も少なくないが、兵庫県によると、県内に同様の制度はないという。
阪神・淡路では、約十八万世帯が全壊した。建物自体の倒壊で亡くなった人が多く、家具の転倒防止が進まない事情の一端ともとれる。
難波さんが住んでいたマンションは無事だったが、震災翌年、一家は三田市の一軒家に転居した。大きな家具は納戸に入れている。
家族三人とも、地震のことはあまり口にしない。「でも、それぞれが背負って生きている」と慎二さん。
毎年一月十六日、伊丹市の公園で追悼のろうそくがともされる。会社帰りに、一人で訪ねることがある。震災の前日、サッカーボールを蹴(け)っていた圭一郎君の姿が、今も鮮やかに蘇(よみがえ)る。
2004/4/26