2年3カ月ぶりに訪れたふるさと神戸から、上海に戻ってきた。帰省は当初、3週間の予定だったが、2カ月半とまたしても大幅に延びてしまった。春節に合わせて帰省した2020年は、中国をはじめ世界的な新型コロナウイルスのパンデミックに阻まれた。今回は上海に戻る直前の24時間前PCR検査で、私自身がコロナ陽性と判定されてしまい、日本国内に留まることを余儀なくされた。ロックダウン(都市封鎖)下の上海での不自由な暮らしを耐え忍び、ようやく祖国とふるさとの間を行き来できるようになったのに、まさかこんな形で足止めを食らうとは…。しかし、考えてみれば、帰省していた夏の日本は第7波の真只中。感染しても何ら不思議はなかったのだ。
しばらくは自宅で仕事をしながら、人とも会わず日常を過ごしていた。家事を手伝ったり、ゴミ捨てをしたり。療養期間を経てからも、予約した上海へのフライトが運行停止になるなど滞在は長引いた。でもこの「長期滞在」は思いも寄らなかった機会も与えてくれた。母校甲南大学アメリカンフットボール部の後輩たちの試合を、4年ぶりに生で観戦できたのだ。
今季から関西学生リーグ1部で戦う母校のリーグ初戦。舞台は神戸・王子スタジアム。相手は、甲子園ボウル4連覇中の強豪関西学院大学ファイターズだ。攻撃の司令塔クオーターバック(QB)としてプレーした現役時代に何度か対戦したが、一度も勝てなかった。4年次のリーグ戦(この時も初戦だった)では、49点差をつけられ敗れた。当時、共に戦ったメンバーがGM、監督コーチに名を連ねる。スタンドから懸命に声援を送り続けたが、結果は63-7の大敗。あの頃の悔しい気持ちがよみがえってくる。
圧倒的な実力差に直面する同じような状況の中で、QBとして何を考え、どう動こうとしていたのか。目の前の現役選手の姿と重ね合わせるように、若き日の自分を思い返していた。
後日、QBを務める現役の学生2人と会食する機会を得た。これも滞在が長引いたために実現したことだ。本業のコンサルティングの現場では「まずは傾聴し相手の話を聞かなければなりません」と言っているにもかかわらず、アメフト部の後輩たちを前にすると、自分がこの競技を通じて経験したこと、学んだことを伝えたいと、ついつい熱く語ってしまった。
まず、彼らに伝えたのは、リーダーシップの重要性。フィールドでもサイドラインでも司令塔としての役割を果たさねばならない。もう一つは、そのためにチームとしての「共通言語」を作るべきだということ。それはチームとして、オフェンスとして目指している方向性や目的についての認識を統一することだ。3つめは、これからの試合に向けて、すべてのプレーを自分自身でシミュレーションしていくこと。何が起きても対応できるよう、準備をしっかり整えてゲームに臨むのが、この競技の鉄則だ。
当然のことながらアメリカンフットボールも他のスポーツ同様、戦術も練習方法も年々進化を遂げている。ルール変更だってある。同じ競技に取り組んでいたにしても、親子ほど歳の離れた現役の学生たちとは、価値観も感覚も違って当然だ。30年以上前に卒業したOBのアドバイスなんて、古臭くて受け入れ難いのではないかと自分でも思ってしまう。だけど、少なくとも彼らに伝えた3つのことだけは、いつの時代も変わらないのだと思う。
原理原則は分かっていてもなかなか出来ない。論理が分かっていたとしても実戦は難しい。やろうとする意志があるか。変わりたいと思っているのか。成長するにはそこが肝要。仕事も同じだ。
アメフト観戦や後輩との交流は予定外だったが、今回の帰省の一番の目的は、高齢の両親、離れ離れとなっていた妻と長男との再会だった。上海でも週に最低1回は、インスタントメッセンジャーアプリを使って、オンラインで顔を見ながら会話をしていた。両親とはコロナ禍以前よりも会話する機会が増えたが、やはり「リアル」、「フェイス・トゥ・フェイス」に勝るものはない。
足腰が弱くなり、入退院を繰り返していた父は、出歩く機会も減っていたが、時間を見つけて妹を含めた家族で父親を車椅子に乗せ、近くの公園を散策することができた。父の喜ぶ姿、笑顔を間近で見ると、こちらも嬉しくなる。
母とは墓参りに行くことができた。2年前、墓参りに行こうとしていたその日に、急きょ上海に戻ることになり、心のどこかでずっと気になっていた。
喫茶店にもよく行った。昔に比べて少なくなったとはいえ、神戸には今でも素敵な喫茶店がある。子供のころの思い出話は尽きない。そういえば幼いころも母に連れられて、喫茶店によく行った。そこは非日常的な楽しい空間だった。いろいろ話しているとあっという間に時間が経つ。こんな時間もこれまではなかった。思いがけない滞在の延長は家族との濃密な時間にもなった。
別れ際に父がポツリと呟いた。「さらっと帰ってくれ。でないともう会えないかもと思ってしまうから…」
何を弱気なことを。そんなことはないよ。また必ず会えるよ、パパ。
2022/10/13