私の実家は祖父の代から日本料理店を営んでいた。住まいは店から少し離れた場所にあり、家でも披露宴などの宴会ができるようにと、座敷も広くとってあった。小さい頃は兄と二人で三々九度の手伝いをしたことをよく覚えている。「おさかなこれに~」と教えられた通りにお腹(なか)からしっかりと声を出し、新郎新婦にお酌をした。
昔は10歳未満の子どもの役だったらしく、兄と私はちょうど適齢だったようだ。二人とも福王流の謡のお稽古をしていたので、お腹から声を出すのは得意だった。
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