今から43年前、高校生で「芸人になりたい!」と言った時、父は「そんな娘は勘当じゃー!」。まあそう言われるとは思っていましたが、やっぱり堪(こた)えましたね。自分の情熱が理解してもらえないのが悔しかったのでしょう。
母は陰に回って応援してくれてましたが、父とは長年ぶつかったまま、私は家を出てしまったので会話もありませんでした。ある時、母が「お父さんは若いとき、キャバレーでハワイアンバンドしてたんよ。けど結婚するからバンドを辞めて電電公社に就職しはったの。だから芸界のことがよくわかるから反対するんやろね」。
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