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(1-1)未熟な「マンション法」 補修か建て替えか、訴訟に
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 芦屋浜に近い住宅地。海に向かって歩くと、十一階建ての巨大なマンションが姿を現す。「芦屋ハイタウン」。震災で傾いたマンションは取り壊され、再建工事は最終段階に入った。

 完成は十一月。が、出会った住民の表情はどこか重かった。着々と進む再建の一方で、建て替え派と補修派が法廷で争うという奇妙な状況が、今も続く。

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 一九九五年秋、私たちは被災マンションを訪ね歩いた。二重ローンにおびえる家族、ついのすみかを失った高齢者。厳しい事情に加え、個々の背景が違うゆえの「住民合意」の難しさにだれもが直面していた。マンション生活が、実は多くの人との共同生活なのだという現実を知らされた。

 兵庫県によると、全・半壊マンション百七十二棟のうち、建て替えを決めたのは百八棟、補修は五十五棟。土地処分が五棟。方針未定は四棟。建て替え決定の四棟で、決議無効を求めて補修派住民が提訴した。

 芦屋ハイタウンは、その一つだ。建て替え決議は九七年二月、二百十四戸のうち、賛成百九十二で決まった。「マンション法」ともいわれる区分所有法で建て替えに必要とされる「五分の四以上」の賛成だった。

 が、もつれた糸はほどけない。同年十月、再建を支援する県住宅供給公社が部屋の明け渡しを求めた仮処分決定に基づき、補修派十五世帯に強制執行。この後、補修派十二世帯が建て替え決議の無効を求めた。

 訴えた女性(64)を訪ねた。移り住んだ県営住宅の窓からは、再建中のマンションが見える。もうすぐ完成ですね、と話し掛けると、女性は「戻るつもりはない」と答えた。新しい建物には、何の親しみも、懐かしさも感じないという。「補修か建て替えかを話し合うのでなく、最初から建て替えありきの議論だった。少数意見は考慮されない」

 建て替え派の人々にも、割り切れない思いが残る。

 兵庫県芦屋市内の賃貸住宅に住む会社員(59)は「すべての人が満足する案はありえない。議論を尽くし、一歩ずつ譲り合って多数の住民が選んだ結果。それを尊重すべきだ」と話した。ローンが終わる時には九十歳を超える。楽な選択ではない。

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 六月、建て替え決議の無効を求めた神戸市灘区の被災マンション訴訟で、決議を有効とする判決が出た。

 区分所有法は「五分の四の賛成」の前提として、「費用の過分性」という客観的条件を求める。補修か建て替えかを比べ、補修の負担が大き過ぎる場合だけ、建て替えができる。しかし、何をもって「過分」というのか、明確な基準は法にはなく、裁判ではこの点が最大の争点になった。

 一審判決は、何が過分かは住民多数の判断による、とした。法の求める「客観性」は、住民の意見という「主観」で決められるとした。法のあいまいさとともに、マンションを取り巻く社会環境の未熟さを露呈した。

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 六〇年代から急増したマンションは二〇〇〇年、三百六十万戸。次々に老朽化していくが、今の法では現実問題に対応できない。

 昨年、日弁連に区分所有法の改正を検討する小委員会ができた。委員の一人、京都の折田泰宏弁護士は「区分所有法は所有権の権利関係を定めるだけ。マンション特有の管理やコミュニティーについての法が日本にない」と指摘した。

 建設省も、動き始めた。二年前、五カ年計画で発足した「マンション総合プロジェクト」。法整備への論議を深めるこの動きもまた、震災が契機になった。

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 「震災からのメッセージ」は今回、生活再建の過程で被災者がぶつかった「法」の壁を考える。

1999/8/18
 

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