阪神・淡路大震災後、さまざまな局面で、既存の「仕組みの不備」が指摘された。人を守るべき法律もまた、例外ではなかった。判断基準があいまいなために、法が被災者救済に有効に働かなかったり、被災者間に新たなトラブルを起こした事例も少なくない。被災地での経験を踏まえ、現行法が抱える問題点をどうとらえ、どう改善を図るべきなのか。神戸大の阿部泰隆教授と兵庫県弁護士会の丹治初彦会長に被災地と法について聞くとともに、法改正などその不備を埋める新たな動きを追った。
■神戸大学教授 阿部泰隆氏
「早く、妥当な額で、困った順に」被災者救済の理念必要
災害が起こった後の対策には、「早く、妥当な額で、困った順にみんなを救う」という基本理念が必要だ。しかし、法律にも運用者にも、その発想がない。阪神・淡路大震災の直後につくられた十六本の特別法も同じ。結果、被災者救済は、既存の縦割り行政の延長線上で行われた。
どんな問題が起こったか。例えば被災マンション。再建には補助するのに補修には補助しなかったため、建て替えに流れたケースが多かったとみられる。
再建に補助できたのは、既存の仕組みがあったから。エレベーターや廊下など共有部分を対象にした補助で、「共有部分だから公共性がある」とされた。へ理屈だが一応の理はあった。
補修への補助は、個人財産にかかわるだけに、新しい理屈が必要となる。だから実現しなかった。しかし、「早く…」の考え方を基本に据えれば、補修への補助は可能なはずだ。
住宅に被害を受けた被災者には仮設住宅の提供にとどまらず、政府による民間賃貸住宅の借り上げなども制度化するべきだ。仮設住宅の建設・撤去費と借り上げ費用、被災者の便宜などを総合的に考えれば有効な手だてだ。
これらをスムーズに実現するには、災害対策基本法や災害救助法の抜本的な改正が必要。何度も提案しているが、反応は鈍い。
(災害被災者に最高百万円を支給する)被災者生活再建支援法は、立ち上がり資金として一定の役割を果たすだろう。しかし、通常の福祉施策と同様、所得要件だけで資産要件がなく、資産がある人にも支払われるシステムだ。加えて、所得さえ、きちんと把握できないことも問題。そういう前提なら百万円が限度だろう。本来、困った程度に応じ、より困っている人に手厚い支援をすべきだと思う。それには所得、資産の正確な把握が前提となる。
震災後の対応で疑問なのは、住宅再建策がクローズアップされた半面、震災で障害を負った人や、親を亡くした年少者らの深刻な問題が軽視されたことだ。
また、仮設住宅や生活再建支援金など、施策の多くは世帯の人数をほとんど考慮していない。高齢者優遇で、若いが病弱な人が冷遇された。結果として、不公平をもたらした。
阪神大震災で明らかになった問題点を整理し、平常時に法整備を進めておくことが求められる。(談)
略歴 あべ やすたか 東大法学部卒。専門は行政法。著書に「大震災の法と政策」(日本評論社)、「行政の法システム」(有斐閣)など。
■兵庫県弁護士会長 丹治初彦氏
提訴余裕なく法機能せず 公的援助も不十分
震災後、被災者はさまざまな法的トラブルに直面し、県弁護士会が受けた無料法律相談は約一年間で一万件を超えた。ところが、実際に調停や訴訟に持ち込まれた数=表=となると、予想より少なかったというのが実感だ。
おそらく、被災者は経済的にも時間的にも訴訟を起こす余裕がなかったのだろう。同時に、紛争を解決するはずの法律が機能しなかったことも影響している。
例えば、最も多かった借地借家の問題。被災した借家人が優先的に借地権や借家権を取得できるとする罹災(りさい)都市借地借家臨時処理法(罹災都市法)が被災地に適用された。しかし私は当初から適用に否定的で、適用するなら大幅改正すべきだと主張してきた。
民間住宅の権利を調整するには、公平性の確保が求められる。法適用の狙いはそこにあった。だが、それは家主と借家人双方に経済力がある場合に限られる。
震災は既成市街地のインナーシティを襲った。家主には高齢者も多く、再建の資力に乏しいし、仮に再建できても新たな家賃の額が切実な問題になった。逆に、借家人が優先借地権を取得するにしても、高額な一時金の支払いが必要だ。
実際、罹災都市法による裁判所に持ち込まれた事件は震災後ほぼ一年間、神戸地裁で一件の決定も出なかった。家主、借家人とも経済的、時間的余裕がなかったためで、この法律が弱者救済に役割を果たさなかったことを物語っている。
被災マンションも不透明な区分所有法に復興を妨げられた。住民間で合意に達しても、抵当権の処理などで円滑に進まないという課題もある。やはり、被災者に対する公的資金援助が不十分だったことがすべてに響いたといえる。
建築関係者や法律家など専門家による中立的な立場からの支援制度づくりも必要だ。マンション問題でも公的な調整機関があればスムーズにいく。双方が苦しんでいる被災者同士のトラブルでは、従来手法ではなく、裁判外での紛争解決が望ましいのかもしれない。
さらに、訴訟費用を立て替える法律扶助の重要性も主張したい。震災では地元が強く働き掛け、大半が償還を免除されることになった。ただ、償還型ではなく最初から給付するようにしておけば、もっと多くの被災者が法的解決に踏み切れたはず。災害時の法律扶助拡充は国の責務だろう。(談)
略歴 たんじ はつひこ 1971年に弁護士登録し、今年4月から兵庫県弁護士会長。著書に「被災不動産の法と鑑定」(三省堂)。
震災関連訴訟と調停
(神戸地裁、簡裁)
【民事訴訟】【調停】
1995年度 227 1432
1996年度 171 756
1997年度 108 174
1998年度 集計せず 25
■<区分所有法>
分譲マンション建て替え条件の「過分の費用」基準明確化へ検討
老朽化した分譲マンションで、建て替えと補修のどちらが妥当なのか-。区分所有法における判断基準のあいまいさが浮き彫りになった大震災をきっかけに、建設省は九七年度から五カ年で進める「マンション総合プロジェクト」の中で、客観的な判断基準づくりの検討を始めた。
同法は、建物価格などに照らし補修では費用がかかり過ぎる(過分の費用)ことを条件に、所有者の五分の四以上の賛成で建て替えを認めている。しかし、肝心の「過分の費用」に明確な基準がない。今後、建て替えや大規模修繕が迫られるマンションが全国で大量に発生すると予想されるだけに、同省は「判断基準を明確にしておく必要がある」としている。
検討作業は同省の建築研究所が行い、新築マンションの設計図などを集め、遮音性や断熱性などの平均値を算出。劣化が進んだ老朽マンションが、修復でその数値を満たすのに必要な費用が、建て替え費用より高ければ建て替え、安ければ補修・を選択するという考え方だ。
同プロジェクトでは、建て替え支援や、区分所有法を含めた全般的な法制度の整備なども検討している。
一方、日弁連も昨年、同法の改正問題検討小委員会を設け、大震災で明らかになった問題点を整理し、来春までに提言をまとめる。
■<建築基準法>
建築途中に中間検査 神戸など20自治体が導入
「基準に問題はなかった。ただ、それが守られていなかった」(建設省)。
震災で建物倒壊の一因となった欠陥建築の根絶を目指し、昨年六月、建築基準法が改正された。建築途中に「中間検査」をするのが大きな特徴。従来は着工前の建築確認と完成後の完了検査だけだった。
建築中の検査では、表面から見えない基礎や鉄骨の溶接部をチェックする。すでに神戸市をはじめ東京都や大阪府など二十自治体が導入。対象は三階建て木造住宅や商業施設・など、自治体が独自に指定する。
さらに検査業務への民間参入を認めた。検査人員を増やし、内容を充実させる狙いだ。建築の確認・検査は従来、自治体の建築主事が行っていたが、人数が少なく、一人で平均六百もの対象物件を抱えていた。
加えて”住宅のPL法”といわれる住宅品質確保促進法が今年六月に成立。新築住宅の柱や屋根に欠陥があれば、業者に十年間の無料補修などを義務づけ、建築基準法を補完する。
また、新たに住宅性能表示制度を創設。住宅の購入者に代わり第三者機関が、住宅の設計、施工、完成の各段階で性能を評価し品質保証する。評価の費用として平均十万円かかるが、もし問題があった場合、専門機関に申し立てることができ、訴訟よりも簡単に紛争処理できる。
「安心して住宅を購入できる仕組みが整った」(同省)。震災を契機に、当たり前のことが少しずつ実現されてきた。(社会部・西海恵都子、徳永恭子、東京支社・松井元)
1999/8/27