2024年5月、俳優マッツ・ミケルセン氏とそのチームが5ヶ月ぶりに日本の地を踏んだ。ご一行様、おかえりなさい!
大阪コミコン2024のスターゲストとして、来阪は今回2度目となる。音楽留学で住んでいたベルリンでマッツ&Co.と出会ってから、はや16年。長年の友人たちが、自分の生まれ育った国に来てくれるのはとても嬉しい。そして、こんなにも多くの方々に愛されていることを感じられることがただただ嬉しい。
北欧の至宝と謳われるマッツは、カンヌ国際映画祭男優賞、英国アカデミー賞主演男優賞、フランス政府から芸術文化勲章のシュヴァリエ(騎士)に任命され、2021年には主演作品の「ANOTHER ROUND」がオスカー国際長編映画賞を受賞。去年12月は来日中に、映画「PROMISED LAND」の主演俳優としてヨーロピアンフィルムアワード主演男優賞が授与されたとの吉報があり、いまや世界で最も愛され求められる映画俳優のひとりとなった。
一方、13年から放送されたテレビドラマシリーズ「ハンニバル」で若き日のレクター博士を怪演。同シリーズでは、特殊な食材をあたかも最愛のヒトを愛でるように料理し、それらを食す妖艶かつ残忍なまでに優雅なマッツの演技が大反響を呼び、その姿はテレビドラマ史上に鮮烈な印象を刻みつけた。
以前のコラムで好評をいただいたので、今回もレクター博士の「食」にフォーカスをあてて書いてみたい。
【飲み物】
来阪して最初の乾杯は今回もマッツご所望の熱燗だった。九州の極辛口吟醸、クリアな香味と強さのバランスが素晴らしく、ハンサムな味というのがぴったりの名酒でこの日は同じ銘柄で通した。あとは生ビール。日本酒とビールのコンボは強い。箸も進むらしい。
今回の来阪では赤ワインも嗜まれたご一行。最初のボトルは文句なしの1本。2本目のコルクを開けた時は「ん?」という反応だったが、ボトルを干す頃合いになると「このワインは時が経てば経つほど独特の芳香が漂うね、たまらないよ」とマッツは独りごちてグラスにやるせないような視線を送っていた。まるで映画のワンシーンのようだったので「なんだか俳優みたいだね」と言ったら「うん、もしかしたら僕は俳優かもしれない」ですと。そうして気だるげにグラスと戯れておられる一方、グラスの方は「そんなっ、北欧の至宝さまにっ、恐れ多いことでございますっ」と震えるほど恐悦至極に存じ奉りあげているようだった。私はグラスが恐懼のあまり割れてしまわないか少し憂慮した。至宝に愛されるワイングラスも大変ですね。
チームメンバーの面々は前回に続き梅酒のロックを気に入ってくれて、梅酒ファンとしてはとても喜ばしい。食後のバーではホワイト・ルシアン、日本のクラフトウォッカをベースにしたスクリュードライバーなど
【魚介類】
クエ、桜海老、車海老、ロブスター、真鯛のお造り、燻したいわしの串刺し、イカの酢味噌和え、お気に入りの穴子は天ぷらで頂いた。独特の滋味や弾力などを楽しめて至極美味だったのはクエ。ほかに、ウニの海苔巻き、イクラ
【野菜】
肉厚しいたけ、たけのこ、白アスパラガス、シシトウ、ヤングコーン、山芋のすりおろし
「何という島だったかな、そこで生産される極上の甘い玉ねぎがもう一度食べたい」とメンバー全員から卓上でご要望があったが、淡路産の玉ねぎには残念ながら巡り会えなかった。次回は必ず玉ねぎステーキを召し上がっていただけるよう、それがしは精進してまいります。
【炭水化物】
芝海老のかき揚げをのせた天丼、ガーリックライス、流しそうめんは今回なし
【肉】
このほど、レクター博士には牛タンとイチボを召し上がって頂いた。タンを食材として扱わない国もあるので、注文前に部位を告げて確認をとった。「牛の舌だよ。50センチもあるから部位によって食感が違うけれど、すごく美味しいから。試してみる?」
「(ぴーんと挙手して)食べますっ」とのことで、運ばれてきた牛タンスライスにわさびを添え、レモンを絞ってひと口。
「ゥオッ、オイシイ…(日本語で)」
よほどお気に召したのか、ラストオーダー時に追い牛タンしていたマッツ。堪能していただき何よりです。
イチボも「これ、神戸ビーフのA5ーNo.12に迫るか、もしかしてほんのちょっぴり超えちゃっているレベルじゃないかな?」と、前回の来日時に喉を通りぬけた栄光の肉片を思い出しながら心配(?)の様子を見せつつ、美味の悦楽に酔いしれておられた。
「どの部位が一番美味しいか、24時間後に改めて検証のほどをお願い致します」
「えっ、もしかして明日は神戸ビーフ?!」
「正解!全員分の席を確保したよ」
「YEAHーーーーー!!」と轟く魂のシャウトとガッツポーズ。
翌日、我々は再び夕食の席についた。毎度のことだが、今回もサーロインとヒレの割合を賭した議論が巻き起こる。それはあたかも、きのこの山・たけのこの里論争【定期】に似た白熱ぶりだが、結局は「みんなで各部位を仲良く分け分けしようね」と平和友好条約が交わされるコントのようなこの時間を私は深く愛している。
マッツ&Co.は「ミディアムレアで」にお願いし、私は「レアで」。すると「えっ、そうなの?!じゃあ、僕も、私も」と火入れ具合の変更が行われるのも恒例行事。マッツは「良質な肉はレアであればあるほど好き」だそうで、次回は天才シェフによる「ブルー」の焼き加減で食していただこう。極上サーロイン「ブルー」ハ、食ベルトブッ飛ブヨ、召サレルヨ、アテンションプリーズダヨ、オ覚悟ノホド必至ダヨ、マッツ・ミケルセンサン(反応がちょっと楽しみですね)。
【スウィーツ】
コース料理最後のメロンをひと口食べたディットマンさんは目を見張り「ねぇ、このメロン、ものすごく瑞々しくて美味しいよ!ねぇってば、聞いてる?」と、お喋りに夢中な同僚や友達にメロンを「ねぇねぇ」と勧めるマッツ。しかし会話が優先され、メロンは所在無げに照り輝いている。「こんなに甘くて瑞々しいのに…」と呟く至宝。「日本のメロンは品種によって宝石のような扱いを受けていて、桐箱に納められ贈答しあったりするんだよ。旬のメロンがちょうど市場に出回り始めた頃だし、美味しいよね」と説明した。「これは最高のデザートだよね。食後のデザートはもういらないくらいヤミー!」と世界一可愛いわんちゃんのようにパーッと笑うので、つられて私も笑ってしまった。日本が誇るこの高級メロンは文字通りデザートとして供されているのです、シュヴァリエ・マッツよ。
YOU ARE WHAT YOU EAT.さて、ここからは「食」が創ったマッツ版レクター博士のターヘル・アナトミアといこう。以前のコラムでも詳しく触れたので、重複する項目があったり、果たして解体なのかという内容も盛り込んだが、そこはどうかお目こぼしのほどを。
【頰骨】
ディットマンさんと会うたびに「マッツの頰骨は『美の形而上学で認識されるべき唯一無二の神的存在です』とか『マッツの尊い頰骨の真横に住民票を移したいです』などファンの方の声を伝えてきたので、本人もそろそろ自らが持つ脅威の頬骨の威力をふわっと認識し始めたかなと思い「今日も頬骨が絶好調だね!」とリマインドしたところ「うーーーん、そうかなぁ、(頬を撫でながら)ふっふー(ニコリ)」ですって。
【髪】
マッツは髪を伸ばし中で、日によって湿度の関係からか、肩のあたりでくるんとカールしていたり、日中の熱気が落ち着いた夜は艶さら髪になったり、友人たちに長さを示そうとキャップを取って、髪をふわっと漂わせてシャンプー・コンディショナーのCMかの如くポーズを決めたりしていた。
【口】
日本語だとニュアンスが伝わりづらいので英語で記すが、マッツは「リーン(lean)」な顔立ちだというのが16年前に初めて会った時から私の変わらぬ印象である。至上の芸術作品を秘密裡に創造するメゾンで生み出されたような頬骨、すっと細く通った鼻筋、美しく微笑む口。そしてその美しい口からサイエンスフィクションのような驚天動地の実話がポンポン飛び出る。この御仁、話しているとなんだかとてつもなくコンテンポラリーで興味が尽きない。目は口ほどに物を言うけれど、口は口で文字通り物を言う。これからも世界のために素敵な名台詞をお願いいたします。
【耳】
マッツは若い頃、左耳に13、右耳に12のピアスホールを開けていたそうだ。「パンクでカッコいいね。それにしても25個のホールって本当?(数を盛っていないかの意)」と問うと「本当に本当だって!数えてみてよ?」ほらほらと自分の耳をぐいぐいぐいぐい引っ張るので「貴方はファンの皆々さまの大切な御神体なのです。そんな乱暴はやめてーーーー」とお諫め申し上げた。
【お召し物】
グローバルアンバサダーを務めるイタリアブランド、ZEGNAを着て真の色気を大阪から大気圏いっぱいに撒き散らすミケルセン。同ブランドの製造工場やファームを見学したそうで、カシミヤ100%のセーターに包まれて「肌触りがもう最高」とご機嫌であらせられる。「薫風の候」にぴったりな新緑の香りを感じるリネンのシャツもさらっと着こなしておられた。マッツの制服(?)であるジャージ姿も変わらずクールだが、美しく年齢を重ねるヒトが極上の素材を纏った姿は文句なしにファビュラス。
【映画】
マッツ解体新書の項目になぜムービーが?と思われるかもしれないが、俳優として約30年ものキャリアを築き、今なお最前線で活躍を続ける彼なので、ここでは「体」の一部として記させてください。
個人的なチョイスで大変恐縮だが、マッツ主演の思い出深い作品を4つあげてみたい。
① 「フレッシュ・デリ」(2003年公開)
マッツが演じる精肉店を営むスヴェンのノイロティックな性格が爆発したブラックコメディなのだが、ヨーロッパのテレビで放映していたのをたまたま観て私はマッツ・ミケルセンという俳優を知った。彼はコメディの才も突出している。あり得ないほどブラックなのに、スヴェンというキャラクターを通して、己に潜む制御の効かない人間の本質的な性(さが)を見出してしまう視聴者もおられるのではないだろうか。
「私、実はスヴェンというキャラクターが大好きなんだよ。ヤバいかな?」「いや、全くヤバくないよ!」「スヴェンは僕自身だよ!」「いや、僕だ!」と皆でスヴェン愛について盛り上がった。
②「ザ・ドア 交差する世界」(2009年公開)
当時、私が住んでいたベルリンで開かれた同映画のクランクアップパーティーに寄せていただいた。全編をドイツ語で演じたマッツだが、他言語を習得するだけでも大変なのに、それを演技とシンクロさせる技術と日々の鍛錬にハッツ・オフ。パーティーでは、マッツの妻役を演じたドイツ人主演女優のジェシカ・シュヴァルツとお話する機会を得た。ジェシカは女優や司会者、声優、ナレーターとしてドイツでとても人気で、私はドイツ語の勉強も兼ねて彼女の出演作品をよく観たものだ。公開より15年、ドイツ語生活に悪戦苦闘したベルリン時代がとても懐かしい。
③ 同じく2009年公開の「シャネル&ストラヴィンスキー」については、以前のコラムで製作の裏側に触れたので割愛する。
少し付け加えると、映画でマッツのイゴールがシャネルと一緒に弾く切ない旋律の曲は、8曲から構成されるストラヴィンスキーによるピアノ小曲集「5本の指で」の5曲目、モデラートである。子供のために書かれた珠玉の作品集で、ピアノ初心者にもおすすめです。
④ 「プッシャー2」(2004年公開)
母語で演じるミケルセンの真骨頂と思わず唸る作品。映画の舞台はコペンハーゲン。自分の住んでいた街が、圧倒的なカメラワークと独創的な色彩コントラストによって描き出されるビジュアルの観点からも非常に見応えがある。本コラムを書くにあたり改めてこの映画を観たが、公開から20年、作中でマッツが乗るメトロ、バス、走り抜けるストリート、会話を交わす運河など、その風景は今もそんなに変わらない。麻薬密売人トニー(マッツ)の暴力的だが今にも壊れそうな繊細さと、童話作家アンデルセンを輩出したおとぎの国のパステルなイメージが強いデンマーク。その対比が図らずも二律背反的に浮かび上がるからこそ、現実をより強烈に突きつけられるような感覚に陥りながらの再視聴となった。そして、女性たちの役どころがどこまでも無慈悲だ。アンデルセンの母国で21世紀を生きる人魚姫たちが、溺れるように喘ぎながら生きる様がひどく生々しく哀しい。
プッシャー全シリーズに出演し「プッシャー3」では主演を務めるミロ役の俳優、ズラッコ・ブリッチは、今なお活躍の幅を広げる名怪優だ。実際お目にかかるとその強烈なオーラに圧倒される。マッツとキャストの方々には心からのRESPECT。
超人的なスケジュールで世界を翔けるマッツ&Co.なので無理は言えないが、本当は食や超短時間の街歩きだけではなく、ここにもあそこにもお連れしたいと願っている。日本は一般的に想像されるよりずっと自然が豊かで、47都道府県それぞれに個性があり、伝統と前衛、様式美と奇妙でユニークな創造性が複雑に層を成すとても魅力的な国なんです。いつか叶うと祈りつつ、ファンの方々と共に再来日の日をお待ちしています!
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