神戸市立神戸幼稚園に通園し始めた頃に、東門街から磯辺通のアパートに引っ越した。不動産会社の立ち合いとは別に、「ここにしたぞ」と誇らしげに父が案内してくれたが、鍵を持っていないので廊下から玄関の外を眺めるだけのようだった。しかし、廊下側に跳ね上げる形の窓が施錠されておらず、中を覗(のぞ)き見ることができた。
父に抱き上げられ中の様子を見せてもらうと、手前の台所の向こうに、6畳ほどの洋室がふたつ縦に連なって、その向こう側にベランダが見える。奥側の床の上に黒電話が1台置かれていた。「電話や! 電話があるよ!」。私が歓声を上げると、父は「ほんまやなあ。なんでやろ」と首を傾(かし)げていたが、ただ単に前に住んでいた人が後日引き取りに来たのか、電電公社が引き上げたのか、入居した時にはそれはなくなっていて、うちはその頃、珍しくはなかった「呼び出し電話」だった。
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