筍の時期になると祖母のことを思い出す。一緒に作った木の芽和え。大阪の実家の庭でとれた山椒の新芽を、祖母はふっくらした掌でパチンとたたいて見せた。途端に春の香りが鼻先に広がる。山盛りの木の芽をすり鉢ですり、ゆでた筍と和える。ほろ苦さと、コリコリした筍の歯応え。少し甘めに仕上げるのがコツだと祖母は言っていた。あれはアナウンサーの入社試験を控えていた大学4年の4月頃だった。季節の話題でフリートークを、という課題に備えて「春といえば何かなあ」と頭をひねっていると、姫路から遊びに来ていた祖母が応じてくれた。
祖母の家にはよく泊まりに行った。2階の部屋の窓からは悠然と構える姫路城が間近に見えた。夜、祖母のベッドに寝転がると、ライトに浮かぶ白壁と天守が視界に入り、異次元空間にいるようだった。豆腐を売るラッパの音。駄菓子屋の赤や黄色の糸引き飴。石油ストーブの上でぷーっと膨れるかき餅の香ばしい匂い。たくさんの「初めて」は、音も色も、そして匂いも、私の記憶の中ではっきりとしている。
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