「もっと生きられたのではないか」
脳出血で亡くなった夫=当時(52)=が、震災の「関連死」と認められた神戸市の柴原美豊子さん(56)は、今もそんな問いを繰り返す。
夫は震災前から糖尿病で目が悪く、高血圧もあって通院していた。二月十五日に倒れて緊急入院。重症の脳出血で点滴生活が続き、四月十日に亡くなった。
震災関連死を申請する意見書に医師はこう書いた。 「ストレスで血圧が悪化し、脳出血を発症した」
震災直後の混乱。その悪条件下で急激に体調を悪くした柴原さんのような人はたくさんいた。
ストレスの原因は何だったのか。
路地を隔てたマンションは大きく傾き、自宅を押しつぶしそうになった。近くの体育館に避難したものの、地下一階はとても寒く、満足に食べ物もなかった。夫は、急速に手足が不自由になっていく。二日後に親類宅へ再避難し、自宅に帰ったのは二月上旬だった。
その間、夫婦はマンションを解体してもらおうと、業者を訪ね歩き、電話交渉が続いた。だが、うまくいかなかった。間もなく倒れる。
入院時の血圧は二五〇・一四〇。震災前のふだんの時より、上が一〇〇も高くなっていた。
かかりつけの医師は「血圧が高くなるのはストレス症状そのもの。寒い中での無理な生活やマンション解体の対応などでストレスがたまり、ふだん飲んでいた血圧を抑える薬も効かなかった」と語った。
高齢者ほどストレスが悪影響を及ぼすことを表すデータを、地震後に津名郡医師会がまとめている。
同郡内では、震災から三カ月半、心筋こうそくや脳卒中などによる死者は、前年同期の一・七倍に増えた。震災死二十六人、もっとも被害の大きかった北淡町では、震災から二カ月半の心筋こうそくによる死亡は前年の二人から十人になった。
ストレスが高まると、心筋こうそくや脳卒中にかかりやすくなるのには、理由がある。ストレスによって外部環境に適応する自律神経の働きが過剰になり、体内の調整機能が乱れる。このため血液が固まりやすくなり、必然的に血管は詰まりやすくなる。水不足が重なると、状態はさらに悪くなる。
六十歳以上の犠牲者は九七%にも上った。大橋高明・同郡医師会長は「避難所の高齢者には特別な配慮が必要だった。発症を予測してストレス軽減のための睡眠薬投与などの医療ケアが求められていた」と語り、今後の教訓にすべきであるとした。
避難所に取り残された高齢者たち。事情は神戸でもほとんど同じだった。
弁膜症や高血圧性心臓病が原因となった心不全や心肺停止もあった。やはりストレスが関係する。神戸市では、関連死と認められた六百十五人のうち三八%をこれらをひっくるめた「循環器系疾患」で占め、疾患別では最も多かった。
震災後、患者が急増した東神戸病院の遠山治彦医師(循環器内科)は「対策は食、住、治療の中断をなくすこと、それに尽きる」と語った。
東神戸医療互助組合が今年一月、神戸市北区の仮設住宅で行った健康相談では、血圧の最高値が二〇〇を超える人が何人もいた。「怖くて眠れない」「電車賃がないので治療に行けない」。そんな訴えが看護婦たちを驚かせた。
ストレス死を生む構造は、解消されたとはいえない。
1996/2/9