「流しのタクシーに気持ち良く乗るのは夢やから」。ある車いすユーザーの言葉がやけに頭に残った。近年、車いすに対応したユニバーサルデザイン(UD)タクシーの普及が進むが、利用のハードルは依然として高いという。障害者の移動の自由を保障するために何が必要なのか。ヒントを探るべく、車いすの人とタクシーに同乗してみた。(那谷享平)
冒頭の言葉を聞いたのは、障害者の自立生活センターを運営する「メインストリーム協会」(西宮市)を訪れた時のこと。協会には車いすの当事者スタッフが多い。その一人が、障害者組織が主催する全国一斉の「UDタクシー乗車運動」に参加すると知って、現場に密着した。
◆
運動当日の10月22日、阪急西宮北口駅近く。脳性まひがあり、電動車いすを使う数矢雄さん(36)=西宮市=が午前10時半ごろから、流しのタクシーを探した。今までに自分一人で停車を求め、乗車したことはないという。
東京五輪を機にUDタクシーの普及が進み、地方都市の西宮でも行き交う車両にはUDマーク付きのミニバンタイプが交じる。あいにくの小雨のせいか、賃走が多く、車いす非対応のセダンを含め計6、7台を見送った。
歩道で待つこと約15分。
「あ、来た来た」
やってきた空車に向け、赤いパーカを着た数矢さんが手を挙げる。しかし、車は速度を落とさず通過。高齢男性の運転手は視線をずっと前に向けているように見えた。「ああ」。数矢さんから声にならない息が漏れた。
その様子を後方で見守っていた協会スタッフで車いす利用者の鍛冶克哉さん(41)が、ヘルパーの男性と言葉を交わす。
「なんかドライバー、嫌そうな顔してなかった?」。判断が付かず、苦笑いを浮かべている。
数矢さんは車いすとはいえ目立つ服装で、停車しやすい場所にいた。気づかず通過したのか、わざとなのか分からない。「疑心暗鬼になりそうですね」。記者のつぶやきに、車いす上の鍛冶さんが「そうですね」と応じた。

数矢さんも鍛冶さんも、過去にタクシーで嫌な思いをしている。対応可能な車両に乗車させないのは道路運送法や障害者差別解消法で禁じられているが、停車後に運転手から「乗せ方が分からない」と言われて泣き寝入りしたり、車いすを降りて無理して通常の座席に乗り込んだりしたという。
メインストリーム協会のほかの車いす利用者も似た経験をしており、電話予約時に「今は対応する車がない」と言われた▽車いすを雑に扱われた▽運転手に面倒くさそうな顔をされた-などのエピソードがある。
こうした体験談が、障害者の間で共有され、苦手意識を生み出している。国も当事者の声を把握。タクシー業界に対し、国交省は2018年以降、UDタクシーの適切な運送を求める通達や事務連絡を計4回出している。
■お互いに慣れも大切、「もっと利用せねば」
「東京は車いすでも乗りやすいんですけどね」と鍛冶さん。
五輪開催に向けて進められたバリアフリー化の結果、23年度末時点で都内のタクシーの65・2%がUDになった。地方は後れを取り、兵庫は同時点で13・3%にとどまる。
接客でも地域差を示唆する数字がある。
今回の一斉乗車運動を呼びかけた障害者の全国ネットワーク「DPI日本会議」(東京)の調査(24年)では、車いすの乗車拒否率は東京で8%、東京以外で44%。サンプル数は少ないが、五輪の効果が都外に波及していない様子がうかがえる。
「地方の僕らは、乗りにくいからタクシーを移動手段の選択肢に入れなくなっている。悪循環ですよね」。鍛冶さんが言う。
「これを何とかしていかないと」
◆
UDタクシーが目の前を素通りした後、数矢さんは幹線道路沿いに移動。流しの空車の呼び止めに再挑戦した。すると、10分ほどで現れた最初の1台が止まった。
結論から言うと、停車したタクシーの運転手は非常に親切だった。だからといって、苦労せず乗車できたわけではなかった。
ドライバーは40代くらいの男性。「車いすですね。準備します」。そう言って数矢さんの目の前のドアを開けると、後部座席をたたみ、収納されていたスロープを取り出す。
























