予定日より3カ月早く、582グラムで生まれた息子。無事、第一志望の県立高校に合格しました。
このブログでもたびたびお伝えしていた通り、進学先探しや入試の「合理的配慮」の調整は苦難の連続でした。当日、親や先生の予想以上に本人は落ち着いて面接と作文に臨み、「試験会場を一歩でも出たら失格」と言われていたものの、終了時間まで自席で静かに過ごしたそう。伴走し続けてくださった中学の先生方と喜び合いました。
高校生になるということは、当然ですが、中学校とはお別れ。「義務教育」が終わるのは、なんとも感慨深いものがあります。
3月9日(月)は、中学の給食最終日でした。献立は、えびカレーピラフと牛乳、かぼちゃコロッケ、チキンサラダ。
思い返せば9年前、小学校に入って初めての給食は、一口も食べられないどころか、その場にすらいられず、「いやだ~!」と教室を飛び出したのでした。
もともと食が非常に細かったものの、幼稚園では楽しく食べていたのに…と、付き添っていたわたしは驚きと焦りでいっぱいに。「せめて、みんなが食べているところを見学しよう」と、一緒に廊下で正座して過ごしました。笑顔の裏で感じていた「この子は学校でやっていけるんだろうか」という不安、床の固さ、冷たさ…。すべて、昨日のことのように思い出します。
その後、「一口食べるごとに、ノートに丸をつける」という取り組みを始め、とにかく一口でも食べられたら、先生やお友だちと盛大に喜びまくりました。
栄養教諭の先生やほかのクラスの先生も回ってきては、「今日はこんなに食べられたの!?すばらしい~!」と褒めてくださり、ちょっとずつ、本当に少しずつ、口に運べるように。高学年になるころには、完食できる日も出てきたのです。
そして、中3のいま。
完食はもちろん、おかわりまでしているそう。子どもを長い目で見る大切さと、9年という月日の重みを感じます。
この子が人生で、「給食」というものを食べるのはこの日が最後かもしれない。9日は寂しさを胸に抱えつつ送り出しました。自分自身の「最後の給食」はひとつも思い出せないけれど、息子のえびカレーピラフとかぼちゃコロッケは、いつまでも胸に刻まれる予感。
小学校入学時、教育委員会からは「特別支援学校が妥当」とされたものの、「どの子も、その子のままで過ごせる学校・地域が大事」と、地域の学校を選択。いいことばかりではなく、泣いたり悩んだり、苦しみぬいたりする日のほうが多かったかもしれません。「2人でどこか遠くに行こうか」と、思いつめたこともありました。
それでも今ここにいられるのは、学校が大好き!という息子の明るさと、宝物のような出会いがあったから。親子でどっぷり地域に根差し、友だち、先生、ママたちとの忘れられないやり取りがたくさんあります。
そして今年は、東日本大震災から15年。息子の出産のちょうど1カ月後、地元の仙台が被災したとあって、わたしたち親子と「震災後」の歩みがいつも重なって見えました。
あのとき同じように、真っ暗闇にいた人も、15年で多くの出会いがあり、子どもたちのたくましさに励まされて、きっといろんな変化を感じながら、今を生きているのだろうなぁと。
手のひらに乗るほどだった赤ちゃんが、この春から高校生。
これからも山あり谷ありだろうけど、息子が見せてくれる新たな世界を、一緒に楽しんでいこうと思います。
▽萩原 真(はぎわら まこと)
【降っても晴れても すきっぷびより】は、すきっぷスタッフで元記者の萩原が、3人育児のドタバタや障害のある息子との生活で感じたこと、うれしいことから尽きない悩みまで本音満載でお届けします。
























