震災の傷跡が深い神戸市長田区に、その家はあった。木造三階建て。五十代の夫婦が二年前に購入した初のマイホームだ。
広い居間に、大きな窓。陽光が差し込み、見るからに快適そうだが、出迎えてくれた女性は首を振った。
強風のたびに揺れるのだという。知り合いの設計士に相談すると、「欠陥住宅ではないか」と、思いもよらぬ診断を突きつけられた。
振り返れば、図面上の家は二階建てだった。「もう一部屋」と、業者に頼んだのがまずかったのか。新築された家の三階部分は、上乗せしただけの簡単な構造になっていた。
「私らも住みやすさばかり考えていた。震災を経験しているのにね」。女性は、すべて業者任せにしたことを悔やんだ。
約二十四万棟の家屋が倒壊した被災地ですら、まだこうした欠陥住宅が建てられている。実態は調べようもないが、震災後できた「欠陥住宅神戸ネット」には今も苦情が絶えない。災害に強い家を造るという震災の教訓は、被災地でも生きていない。
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震災の年の十二月、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」が施行された。賃貸マンション、病院、ホテル、百貨店などに耐震上の努力義務と支援制度を盛り込んだ内容だ。これとセットになった耐震診断の補助事業は神戸、西宮市など被災地を中心に県内十四市二町で実施されている。だが、あくまでも公共性のある建物が対象だ。
戸建て住宅では、西宮市が九六年十月、県内で初めて耐震診断に補助金を出す試みを始めた。市の単独事業だった。が、申請は一件もなく、昨年度末に打ち切った。「耐震補強の必要あり、と診断されても改修費がない」。おそらく、それが原因だった。
個人住宅の耐震補強への補助。実は昨年秋、建設省がこれに踏み出そうとした。過去最大規模の補正予算に合わせ、初の事業化を狙った。震災を教訓に、ようやく重い腰を上げようとした。しかし、大蔵省の答えは「ノー」。建設省都市防災対策室の明石達生課長補佐に尋ねると、大蔵省の見解は「個人財産の形成につながることには税金を使えない」。生活再建への個人補償と同じ議論だった。
加えて、大蔵省は耐震化への需要が見えないことを理由に挙げた。建設省によると、新築住宅の建築数は年間百三十万戸あるのに対し、耐震リフォームは一万五千件。予算化した戸建て住宅への耐震診断の補助事業は全国で八自治体しか申請がなく、県内では現時点で尼崎市だけだった。「自治体や市民からの後押しがない」。そう言っているように聞こえた。
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災害のたびに、同じような議論が繰り返される。そうした国の動きを待つまでもなく、横浜市は今年七月、耐震診断で倒壊の危険性ありとされた場合、二百万円を限度に改修費の三分の一を補助する事業を始めた。申請がないのは、市民調査で資金面がネックとなっていたからだった。「個々の家を強くすることで、まちが災害に強くなる」。震災を教訓に、そう判断した。
建設省によると、一九八一年の新耐震基準より前に建てられた住宅は全国で約二千十万棟に上る。何より、この古い住宅の耐震補強をどうすべきなのか。
国に限らず、震災から五年近くたった被災地ですら、まだ糸口を見いだせないでいる。
1999/9/18