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(3)はやく戻りたい 地区外仮設「体縮めて」
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 「あんたほんとに長田から来てくれたんか。遠慮せんでしゃべってええんやな。ここでは体を縮こめて生活しとるんや」

 神戸市郊外の仮設住宅。女性は、少し興奮していた。そして、調査に訪れた男性に、一気に話し始めた。

 部落解放同盟の番町支部は昨夏から今年にかけ、神戸市長田区の同和地区で被災し、仮設住宅へ移った住民の安否確認を兼ねた実態調査に奔走した。縁故を頼りに消息をたどり、仮設住宅を訪ねて回った。調査は半年近くに及んだ。

 女性が入居する仮設住宅には住民が憩うふれあい喫茶もあった。しかし、みんなの集まる場所には足が向かない。「気をつかうから周りの人としゃべりとうない。あんたにしゃべって気持ちがスッとした」

 訪れた支部員は、反対に胸を詰まらせていた。「それほどまでに肩身の狭い思いを…」と。

 気をつかう、しゃべりたくない。女性が苦しんでいる原因の一つを支部員は「言葉遣いが荒っぽいから」と言った。「地のままに話せば、被差別部落の出身だと人に知れる」

 アンケート結果は今年七月初旬、地元の会館で報告された。

 地区出身を悟られまいと恐れる、仮設住民たちの姿が浮かび上がった。

 「どこを回っても、『入り、入り』と言うてくれた。初めは歓迎されとると思ったが、次第に、近所に気をつかっていたことが分かってきた」

 他の会員が言葉をつないだ。「家へ入ったら、『はよ、戸閉めて』と言われたこともあった」

 「そういえば」と別の支部員。「六十二歳の奥さんが初めはニコニコしとったんやけど、地区の聞き取り調査のチラシを見せた途端、『ちょっと入り』と言われてね。中に引っ張り込まれた」

 報告を聞いていた二十人が一斉に笑った。同じ痛みを知る者だけに許される笑いのようでもあった。

 報告会の冒頭、進行役の男性がB5判の紙に描いた地区の見取り図を指し示した。高層の改良住宅群と、何も描き込まれていない真っ白な部分とがあった。「白い部分が古くからの木造家屋の多いところで、仮設に移った人のほとんどがこの地域に住んでいた。自分の住宅が壊れ、元に戻れないでいる」と説明した。

 そして続けた。「地元に帰りたがっている人が圧倒的だ」。調べた百六十世帯の、八七%を占めていた。

 その一人、同市北区の仮設住宅に移り、生活保護を打ち切られた男性は、一日六千円の日雇い仕事に就いていた。

 「ボチボチ食いつないでいるが、帰ったら何か仕事がある。はよ帰りたい」

 半年後、男性は、調査した支部員と道ですれ違った。「(住宅が)当たったわ」。帰る見通しがついたと、笑顔を寄せてきた。

 その地元にも、仮設住宅は建つ。そこで暮らす男性はしみじみとつぶやいた。

 「仮設やけど、わし、ここで極楽や」

 震災が見せつけた、内と外との、落差の大きさである。

1997/9/5
 

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