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 プレハブ二階建てのその賃貸住宅は、神戸市東灘区の阪神電鉄深江駅から歩いて五分のところにある。六畳と四畳半の二間続き。トイレはあるが風呂(ふろ)はない。スーパー勤務の主婦(53)は、この「風呂なし」が、家賃補助の網からこぼれ落ちる理由になるとは、思いもしなかった。

 震災前の分譲マンションは全壊で建て替え中。仮設住宅にも申し込んだが、すぐには当たらなかった。工事を控えたマンションから出るには、民間の賃貸に入るしかなかった。

 それでも昨年十月、待望の民間賃貸住宅への家賃補助が、兵庫県と神戸市が設立した震災復興基金によって実現した。基金は六千億円、間もなく九千億円に増額される。

 主婦は、補助条件を見て、息をのんだ。

 「面積二十五平方メートル以上。台所、トイレ、浴室が整っている住宅に限る」

 とあった。

 「白米を食べている人は高いから援助する。でも麦飯を食べている人は安いから自分で負担して、という理屈ですか」。同居の父(90)との銭湯代が、月々約一万五千円。月額三万円の家賃補助があれば…。いくら考えても納得いかなかった。

 制度ができても、利用ができない。所得、年齢、面積…。種々の線引きから、支援制度の使いにくさが指摘される。なかでも復興基金の諸事業は、メニューの多さゆえ、線引きへの疑問の声が集中する。

 家賃補助への反発はとりわけ激しく、それは主に神戸市に向けられた。しかし、同市の内部には、事態を予測する声があった。職員たちは困惑した。

 「基金には市も三分の一を出しているのに、意見が通らない。市街地では小さな賃貸に入る被災者が多い。要件はおかしいと声をあげたが…」。神戸市幹部は続けた。

 「県を通じて示されたメニューには国の論理が見え隠れする。被災者ニーズと微妙にミスマッチしていた」

 地元の復興基金とはいえ、設立のための地方債発行の許可は自治省が握る。さらに交付税で利子補給し、自治体財政を支援する優遇措置もある。ここに「国との協議」という事前手続きが生まれてくる。

 今回、条件として入った「二十五平方メートル」は、国が定めた単身者の最低居住水準。これ以上を「良好な住居」として促進する住宅政策の根幹である。

 「自治体共通の財源である交付税を使う以上、全国に納得してもらえる論理が必要だった。たんなる被災者救済策でなく、住宅対策としての側面を打ち出す必要があった」。交渉に当たった県幹部は「国から指導はなかった。あくまで県の自主判断」と強調しつつ、協議の過程をそう説明する。

 国との協議の中で”自主判断”した県も、昨年暮れには市町の意見を取り入れ、問題の面積、設備要件の撤廃を表明した。現場に寄せられた苦情はそれほど激しかった。今、実施に向け、具体的な詰めが進む。

 住宅対策の装いを凝らして始まった家賃補助。それが本来の被災者対策に立ち戻るのに、制度のスタートからもう五カ月がたつ。国・県・市の集権構造の中で、被災者の実態は、なかなか政策に反映されない。

(高梨 柳太郎)

1997/2/20
 

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