東京コミコン2023のオープニング
東京コミコン2023のオープニング

 今年5月に執筆した拙コラムの末尾にこう記している。

 マッツ・ミケルセン。貴方が再び日本を訪れる日があることを多くのファンは切実に願っている。

マッツ・ミケルセン氏再び ~YOU ARE WHAT YOU EAT レクター博士、日本を食す~

 7か月後の12月。東京コミコン2023にスターゲストとして参加するため、北欧の、世界の至宝はチームと共に日本へ戻ってきた。マッツは今回で6度目の来日となる。皆さん、お帰りなさい!

 彼は11月22日生まれ、蠍座の男である。2週間ほど遅れてしまったが再会の第一声で「お誕生日おめでとう。前回会った時より1歳若くみえるよ」と言祝ぐと「わぁ、優しい嘘をありがとう!」といかにも彼らしいお茶目な返答があった。チームマッツのみんなとも「日本へ戻って来たよ、ただいま!」「朝食はもう食べた?えっ、まだ?」「東京は暖かいね。すみません、カプチーノを一杯お願いします」「昨日エリコはコンサートだったんでしょう?何を弾いたの?」「朝食、朝食!」「今日のランチは何にしようか」「うん、日本は最高だよ」と早朝にも関わらず、高エネルギーに満ちた会話が四方に交錯する安定のわちゃわちゃ。ああ、心から感謝の念が湧いてくる。大勢のファンの方々が待つ日本へ帰って来てくれて本当にありがとう。

 (今回、マッツ&Co.の東京滞在について、自分に時間の余裕がなくて来日前から執筆は断念していたが、いつもに増して心に響くエピソードの連続だったので、書ける範囲でやはり記しておこうと急遽決めた。乱文は平にご容赦ください。)

 それではまず冒頭で触れた誕生日と、そこから派生する年齢について、マッツの話を綴っていきたい。

【年齢について】

 彼の母国デンマークでは50歳の誕生日を盛大に祝う。マッツ曰く元々ベイビーフェイスで、30代に突入してもベビ顔のまま。ようやく年相応に見られるようになったのは40歳を過ぎたあたりだそう。まだ学生だった私がマッツ&Co.とベルリンで出会った頃だ。

 それから約10年経った50歳のバースデーパーティーでは、黄を基調とした三揃いの華やかなタータンチェック柄のスーツ姿で、ハイエンドなファッション誌から抜け出してきたかのように美しく堂々としていたと記憶している。ご家族や近しい友人、同僚たちの愛に包まれて本当に幸せそうだった。

 そして今、58歳となった彼はヒトとしてプロフェッショナルとしてさらに満ち足りて見える。そこに少年のままの好奇心もますます加味され、独特な魅力を持つ鮮やかな色で溢れるパレットのように瑞々しい。

 年を取ることについてマッツは「ヒトとして生きる上で当然なこと。加齢に対する恐れは自分には全くないよ」と言って、プラチナホワイトが混じる前髪の一部をわざわざニット帽から引き出して、ふわっと手でなびかせながらニコッと笑う。その前髪をひらひらさせたままご機嫌に歩いて行き、次の瞬間急に立ち止まって「この靴、格好いいな」とウィンドウショッピングに興じるディットマン。しゃがんでじーっと眺めているその靴もクールだけれど、マッツの考え方はもっと格好いいと思う。年齢を重ねることの素晴らしさを誰よりも体現している人物がこの東京の空の下にいる。

【瞳の色】

 虹彩の色がときに変わる琥珀のようなマッツの眼。本人は何色と認識しているのか、次回会った時に聞いてみたい-(以前書いた拙コラムより)

 「マッツは自分の瞳を何色だと認識しているの?」

 「・・・うーん、若い頃と比べて色が少し変わったように感じるんだよね。今はそうだな、ヘーゼルナッツかな。いや、チェストナッツ(栗色)かも。あれっ、どちらも『ナッツ』か。じゃあ、結論はナッツ。僕の瞳はナッツ色!」

 これぞマッツ節。ヘーゼルナッツ、栗、胡桃、ピスタチオ、ピカンナッツにも彼の瞳の色となるチャンスを与えるこの寛大さ。クリ属たちも仲間に入れてもらってよかったねと一緒にいたチームも思わず吹き出して大笑いとなった。午後3時、晴れ。ナッツ色の双眸はキラキラと輝いていた。

【血液型】

 日本では大半の人が自身の血液型を認知しているが、欧米では知らない人が多く、話題になることも少ない印象だ。よく考えればかなりプライベートな情報だし、国によっては失礼にあたるかもしれないので私も普段この質問をすることはない。だが、車が高速の渋滞にドップリはまってふと会話が途切れた時、このメンバーなら大丈夫かなと思い「突然だけれど、みんなは自分の血液型(ブラッドタイプ)を知っている?」と問うてみた。案の定、マッツを含む全員が「ノー!逆にエリコは知っているの?」と若干食い気味に聞くので、日本では血液型を調べるヒトが多く、そこから派生してか、何型かによる性格判断や占いが盛んなことを伝えると、意外にも車内は盛り上がった。A、B、O、AB、RHマイナス・プラス…と激論の末、結局誰も検査していないので、今後もしインタビューなどで血液型を問われることがあれば、単に「血(ブラッド)!」でいいよねと、前項に続き爆笑が沸いたところで車はするりと渋滞を抜けた。

 おおらかとユーモアが絶妙に交差する会話、それがマッツ&Co.の大きな特徴だ。

 蛇足かと思ったが、血液型ゲートの結論から置き去りにされた「型(タイプ)」について小咄をはさんでおこうかなと「霊長類でいうならゴリラはみんなB型なんだよ」との情報を伝えたところ「へえっ、そうなんだ・・・すべてのゴリラが・・・B型か・・・」とマッツはやけに感心して感慨に耽っていた。マッツのツボ。読めないからこそ面白い。

【ユーモア】

 前項でユーモアと書いて、思い出したエピソードがひとつある。某日某所で会話の俎上に「弁当」が載った。すでに「弁当ボックス」で通じるようになりつつある、海外で人気急上昇中のアレである。1名を除くチームマッツ全員が弁当の何たるかを知っており、その1名は弁当ボックスの存在とその意義についてかなり懐疑的だった。ここでマッツ劇場開始のゴングが華やかに打ち鳴らされた。

 いったい人生で何百回弁当を食してきたのだろう。マッツは微に入り細に入り、おかずとその栄養バランス、彩り、ごはんの量について説明し、両手でボックスの大きさや仕切りを示しながら、懐疑派チームメイトに弁当ボックスがいかに素晴らしいか、かき口説く。ノー・弁当、ノー・ライフ。私を含む皆がうんうんと頷き、そのチームメイトの口からようやく「ふーん、かなり美味しそうだね、食べてみたいな」という言葉が漏れた。言質を取ったマッツは両手を振り上げてガッツポーズする。「やった!大成功!僕の説得は素晴らしかったでしょ!」

 そして間髪入れずにひとこと。

 「ところで、弁当ボックスって何?」

 弁当ボックス、知らんのかいっ。

 マッツ・ミケルセン。そういうところだぞ、世界中から愛されている理由は!

【デンマーク版・廐戸皇子】

 Aさんとマッツが話し込んでいる。一方、同じ空間でBさんと私が話している。後者ふたりの会話は起承転結の醍醐味のひとつ「転」の章へ突入、ヒートアップし始めた。文字通り、話が二転三転、転びに転び、もはやデッドヒート寸前。

 「・・・で、そうなんだよ。その現象については僕だってずっと不思議に思っていた。感情の観点で語ると君たちが言っている通りなんだけれど、技術的な視点から考察すると・・・」

 マッツ・ディットマンよ。なぜそんなにもオーガニックにBさんと私の会話の中心にいるのか。そして不思議なことにAさんまでふむふむと私たちの話に寄っている。

 Aさんと専門的な話で盛り上がっていたのに、こちらの会話もしっかり聞いていたのねと笑うと「僕は少なくとも10くらいの会話を同時に聞き取れるよ!」。ニーッと嬉しそうに胸をポンポンと叩く。そうか、21世紀のデンマークに廐戸皇子は存在していたのか。

 その「ウマヤド能力」はたしかに稀有だが、むしろ彼のもっとすごいのは、Aさんを置き去りにせずもろ共に巻き込んで、その場をひとつにしてより楽しませる能力だろう。気づけば結局マッツのまわりにいる全員が幸せな気持ちで笑っている。そしてその笑いで会話が「結」となり、重なるように新たな「起」が生まれてゆく。北欧の至宝は北欧の廐戸でもあった。

【幸福とは】

 彼がもつ天賦の才のひとつは、大小のさまざまな事象から最上の多幸感を得ることができる感性・感度の高さだと思う。

 例えば、マッツ御一行と東京で再会した初日は、朝から晩まであちこち移動したのだが、時差ぼけの辛さなどには一切触れず、夕食を終えての帰途「ああ、今日ほど幸せな日はなかった」と彼は幾度となく繰り返していた。そして翌日、多くのファンの方々の愛に包まれた後、夜食を取った時も前日と全く同じことを呟くので「昨日もそう言っていたけれど、今日も?」と聞くと「うん、今日もこんなに幸せな日はないと世界に叫びたい気持ちだよ」とナッツ色の目を細めて微笑んでいた。

 世界で最も求められる俳優のひとりである前に、ヒトとして、生来の気質が形容しがたいほど優れているのだなと改めてしみじみ感じ入った。そして、その生まれ持った気質に驕ることなく、その日、その月、その年に起こる全てのことに感謝しながら真核の部分で幸福を噛みしめて生きているのだろう。

 マッツ・ディットマン・ミケルセン。彼とそのチームにひょんなきっかけで出会ってから15年以上が経つが、まだまだ新たな発見が多くて今回は一本の記事では収まらなかった。2023年12月東京編は【後編】へとなだれ込む予定。