阪急阪神HD角会長
阪急阪神HD角会長

 大局的な視野を持ちながら攻めと守りのバランスを考える-。囲碁と経営は多くの共通点があるとされ、数多くの経済人が囲碁を愛好してきました。囲碁を通じた社交もあちこちで行われてきたといいます。この連載は、吉田美香八段(52)=神戸市=が、経営者や文化人のもとを訪れ、指導碁を打ちます。トップバッターは阪急阪神ホールディングス会長の角和夫さん(74)=宝塚市=にお願いしました。

■学生時代に熱中

 父が囲碁好きの弁護士だった角さんは、灘中学、高校を経て早稲田大政治経済学部に入学してから囲碁を本格的に学び始めた。対局相手は近所の碁会所の有段者。「悔しい負け方をした夜は天井に碁盤が浮かんできた」ほど熱中したという。

 阪急電鉄役員として「阪急納涼囲碁まつり」や棋戦の開催などに貢献したこともあり、日本棋院からアマ7段の免状を受けている角さん。囲碁を学んだことによって仕事に役立ったことを尋ねると-。

 「よく聞かれるんですけど、碁を通じていろんな人と知り合ったという意味では役に立ちましたね。それからウソ手はだめということ。経営は本手を打たなければいけない」

 ウソ手とは、好手に見えても正しく応じられると損になる手。本手とは、ぬるいように見えたとしても最適な手のことだ。

 「新型コロナが流行して以来、ほとんど碁を打っていない」と話す角さん。過去に2子で打ったこともあるという吉田八段との対局は今回3子局で行われた。

 実戦譜右下、吉田八段が白3とカカり、角さんは黒4と挟む。黒6と一間に受けた手について、角さんが対局後「実戦譜aに受けたほうがよかったかもしれない」とつぶやくと、吉田八段は「石が競っている(互いの石が中央に進出しようとしている)し、置き碁は味方が多いから、実戦のように高く受けて良かった」と答えた。

■野性の勘

 角さんが黒10とツメた手について、吉田八段は「参考図1黒1のほうが積極的で、打たれたら私も悩みました」。参考図1の白2~黒5と進めば、後に黒aのワリコミが厳しくなる。

 実戦、角さんは白11のカケを見て「とにかく回りたかった」という左上黒12へ。白19と伸びたところで、角さんは「跳ねてほしかった」とぼそり。吉田八段は「そんな気がして」とほほえみ返す。

 角さんが白19でハネを望んだ理由は対局後に明かされた。参考図2の定石形を踏まえた上で参考図3の黒4と切り、以下黒28まで黒の攻め合い勝ちを目指したかったのだという。

 「たくさん本を読んで勉強した」という知識を武器に「手数の長い定石をできるだけ打つようにしている」という角さん。韓国の新手研究なども欠かさない。

 吉田八段は「参考図2の形が一般的ですが、実戦黒18のオシに角さんの勢いを感じた。何か違う戦略を持っている感じを受け、野性の勘でつぶれてしまう気がして白19と伸びた」と明かした。

 この対局の模様は来月も続く。(記事・井原尚基、撮影・長嶺麻子)

【よしだ・みか】1971年、大阪市生まれ。兄の吉田昇司八段の影響で、9歳で囲碁を始める。15歳でプロになり、1993年から女流本因坊4連覇を果たした。関西棋院所属。

【すみ・かずお】1949年、宝塚市生まれ。73年、阪急電鉄へ入社。鉄道事業本部長、社長などを歴任。現在、阪急阪神ホールディングス会長兼グループCEO。日本棋院理事。