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 金融政策を担う中央銀行には、独立性が求められる。政策金利などが政治の意のままに変更されれば、経済に悪影響を及ぼすからだ。

 民主主義国家の常識に、また一つ米トランプ政権は背を向けた。景気を刺激するために大幅な金利引き下げを実施させようと、中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)に対して圧力を強めている。

 トランプ氏は以前から、利下げに慎重なパウエルFRB議長への批判を繰り返してきた。8月には、FRB本部の改修工事費がかさんでいるとして「パウエル氏への提訴を検討」と交流サイトに投稿し、圧力を加えた。さらに今月25日には、政策金利の据え置きに賛意を示す理事のリサ・クック氏に解任を通告した。

 FRB理事を大統領が解任するのは極めて異例だ。FRBの独立性に市場の疑念が深まれば、ドルや米国債への信認が揺らぎ物価や金利の上昇を招く。自ら経済不安の種をまくトランプ氏の動きを憂慮する。

 トランプ氏はクック氏の解任理由に、住宅ローン申請に際しての不正疑惑を挙げる。告発者はトランプ氏に近い政権幹部で、ローン申請は理事就任の前だった。解任通告は書簡のみで疑惑の調査もされず、クック氏側は「根拠がない」として、連邦地裁に提訴した。

 理事7人のうち3人は、トランプ政権下で就任した利下げ支持派とされる。バイデン前政権下で就任したクック氏を交代させ、パウエル氏から実権を奪うのがトランプ氏の狙いだ。クック氏は黒人女性初のFRB理事であり、多様性重視の流れも覆したいのだろう。

 米国経済は雇用情勢の悪化と物価上昇が並行して進む。利下げは景気を刺激する半面、物価上昇に拍車をかける可能性も否めない。金融政策のかじ取りが難しい局面にあり、パウエル氏は利下げに言及しつつも「慎重に進める」と含みを残す。

 トランプ氏が、こうした経済の実態を直視しているかは疑わしい。8月発表の雇用統計は市場の予想を下回り、公表済みの5、6月の数字も大幅に下方修正した。これに対し、トランプ氏は「改ざん」と主張して労働統計局長を解雇した。現実に目をつぶり強権を振り回すようでは国家統治の仕組みを壊しかねない。

 4月下旬にパウエル氏を批判した際は、株価急落など市場が混乱し、ベセント財務長官も火消しに回って発言を撤回した。しかし今回のクック氏解任に対し、市場や政権内でまだ目立った動きは見られない。「トランプ流」が米国経済に大きなダメージを与え、世界経済にもリスクを広げかねない。米国社会はもっと危機感を抱くべきだ。